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「腸内細菌叢が母親の育児ストレスや心身のレジリエンスに関連する」-No.320




腸内細菌叢が母親の育児ストレスや心身のレジリエンスに関連する

腸内細菌叢・自律神経機能・身体状態から包括的にこころを支える支援を目指して




概要


 育児ストレスは、母親の精神疾患(うつ病や不安障害など)や児童虐待のリスクを高める主因子のひとつです。母親の精神疾患リスクを予防・緩和するには、育児ストレスを起こす要因を明らかにするだけでなく、心身のストレスを回復させる力、「レジリエンス」に着目する視点も必要です。

後者については、「腸内細菌叢―腸―脳相関」の考え方が大きな注目を集めています。とくに腸内細菌叢は、身体疾患のみならず精神疾患にも関連することが、ヒトの成人を対象とした研究によって示されています。また、過度なストレスやレジリエンスの脆弱性を早期に検出しうるバイオマーカーとして、自律神経系や身体運動機能を指標とした評価法の開発も進められています。しかし、育児にまつわるストレスやレジリエンスが腸内細菌叢、さらには自律神経系や身体運動機能とどのように関連しているかはわかっていませんでした。


京都大学大学院教育学研究科 明和政子教授、松永倫子研究員(日本学術振興会 PD 特別研究員、大阪大学大学院医学系研究科・京都大学大学院教育学研究科)、大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学共同研究講座萩原圭祐特任教授(常勤)、サイキンソーらの共同研究グループは、0~4歳の乳幼児を養育中の母親が抱える育児ストレスおよびレジリエンスが、腸内細菌叢や自律神経系、身体運動機能とどのように関連するか検証しました。

その結果、育児ストレスの高い母親は身体機能も脆弱な状態にあり、腸内細菌叢の多様性も低いことが明らかとなりました。また、レジリエンスは、自律神経系(迷走神経活動)や、腸内細菌叢の組成、とくに酪酸の産生や炎症に関わる菌(e.g., Blautia, Clostridium, Eggerthella)と関連することも分かりました(図 1)。


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図1 本研究の概要




背景


 育児ストレスは、親の精神疾患(うつ病や不安障害など)や児童虐待のリスクを高める主因子のひとつです。調査が行われている先進国では、パンデミック以降、親(大半が母親)が精神疾患に罹患するリスクが急増しています。


日本の最新データによると、産後うつの症状がみられる母親は 28.7%にものぼります(Matsushima et al., 2021)。育児にまつわる精神疾患のリスクを予防・緩和するには、ストレスを起こす要因を明らかにするだけでなく、「レジリエンス(回復する力)」に着目する研究の発展も必要です。レジリエンスとは、困難な状況に適応していく能力やそのプロセスを指し、心身の疾患予防や QOL の向上の観点からも大きな注目を集めています。過度なストレスやレジリエンスの脆弱性を早期に検出しうるバイオマーカーとして、自律神経系や身体運動機能を指標とした評価法の開発が進められています。


 本研究では、ストレスとレジリエンスに関連する神経生理メカニズムのひとつとして、「腸内細菌叢」に着目しました。腸内細菌叢は、免疫系や内分泌系、自律神経系を介して脳と密に関連しています。これを、「腸内細菌―腸―脳相関」と言います。ヒトの成人を対象とした研究では、腸内細菌叢の多様性や組成が精神疾患(うつ病や不安障害など)や認知機能に関連することが示されています。しかし、母親の育児ストレスやレジリエンスに関する基礎研究はいまだ進んでいません。


腸内細菌叢や自律神経系、内分泌ホルモン、脳を含む神経生理機能は、妊娠出産や産後の養育行動により、大きく変化します。とくに、産後早期(生後半年~1年以内)は、出産による身体運動機能(体組成や筋肉量、運動機能など)や、授乳に伴うホルモンバランス(オキシトシンなど)が変化しやすい時期です。産後女性を対象として、「腸内細菌―腸―脳相関」の観点から、育児にまつわるストレスやレジリエンスが腸内細菌叢や自律神経系、身体運動機能がどのように関連しているかを明らかにすることにより、育児中の親の心身の健康を支援するための具体的提案を図ることができます。




研究手法・成果


 そこで、私たちの研究グループは、以下に示す2つの研究を行いました。


<研究1>では、日本の保育園・幼稚園・こども園に協力いただき、0~4歳児を養育中の母親 339 名を対象に、育児ストレスと身体症状、腸内細菌叢との関連を検討しました。参加者は全員、身体疾患や精神疾患のない母親でした。参加者は、自宅で糞便の採取と質問紙の評価を行いました。腸内細菌叢の評価については、次世代シーケンサーを用いて糞便に対して 16S rRNA 解析を行い、「腸内細菌の多様性(種の豊富さや均等度)」と「各菌が全体の菌の中で占める割合(占有率)」を算出しました。育児ストレスと身体症状は、育児ストレスインデックス(PSI)および Multidimensional Physical Scale(MDPS)尺度により評価しました。ここでは、育児ストレスリスクが高い母親(高リスク群)とリスクが低い母親(低リスク群)の比較により、腸内細菌叢や身体症状にどのような違いがみられるかを検証しました。

その結果、PSI では 339 名中 65 名(19.17%)の母親がカットオフ値を超え、育児ストレスが高い状態にあることが示されました。さらに、高リスクの母親は低リスクの母親に比べて睡眠の質が低く、また、MDPSでも身体症状が悪い(e.g., 消化機能や血液循環の不良、身体的抑うつ症状、女性ホルモン機能の低下)と回答しました。さらに、高リスクの母親は低リスクの母親に比べて、腸内細菌の多様性(Shannonα)が低いことも分かりました(図2)。各菌についてみてみると、以下の腸内細菌において有意な群間差が認められました(Odoribacter、Alistipes、Erysipelatoclostridium、Lachnospira、Monoglobus、Phascolarctobacterium、Veillonella、Sutterella、Escherichia-Shigella)。つまり、育児ストレスの高い母親は、腸内細菌叢のバランスが乱れた状態にある可能性が示されました。


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図2 (研究1)育児ストレス高リスク群と低リスク群における腸内細菌叢の多様性および各菌

  の占有率



<研究2>では、初産で生後3~6ヶ月の乳児を養育中の母親 27 名を対象としました。

京都大学にて心電図計測による自律神経活動、身体運動機能(e.g., 体組成、筋力、運動機能)、唾液によるオキシトシンホルモンの評価を行いました。また、糞便の採取と心的レジリエンスを評価する質問紙(i.e., J-RS, RS25)への回答を自宅で行うよう依頼しました。これらのデータをもとに、腸内細菌叢、自律神経系、身体運動機能および心的レジリエンスとの関連を探索的に検証しました。

まず、安静時の心電図を3分間計測し、ローレンツプロット解析による手法を用いて自律神経活動(i.e.,交感神経活動、迷走神経活動)を評価しました。

身体機能については、以下の4項目を評価しました。

 ①InBody770 を用いた体組成の評価

②握力

③2ステップテストによる下肢の歩幅

④歩行速度(通常歩行速度、最大歩行速度)。


唾液からのオキシトシンホルモン解析も実施しました。さらに、糞便を次世代シーケンサーによる 16S rRNA 解析し、腸内細菌叢を調べました。ここでは、腸内細菌叢の「多様性(種の豊富さや均等度)」と「各菌が全体の菌の中で占める割合(占有率)」を指標としました。加えてショットガンメタゲノム解析も行い、腸内細菌叢の組成をより詳細に調べました。


その結果、27 名中 13 名(40.74%)の母親の身体運動機能は、筋骨格筋量がサルコペニアの医学的診断基準値よりも低い状態にありました(図3)。握力、歩幅、歩行速度についても、大半の参加者が同年齢女性で示されている基準値よりも低く、産後半年が経過した時点でも筋肉量や運動機能が低い状態にあることが分かりました。さらに、迷走神経活動は、心的レジリエンスと腸内細菌叢の多様性の両方と関連していました。腸内細菌叢の中でも、Blautia SC05B48 、Clostridium SY8519、Collinsella aerofaciens、Eggerthella lenta は、心的レジリエンスや身体運動機能、オキシトシンと関連していました(図4)。これらの結果は、酪酸の産生や抗炎症に関連する菌や女性ホルモン様作用を持つエクオールの産生に関連する菌が、母親の心身のレジリエンスに関連する可能性を示しています。


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図4 (研究2)初産・産後半年以内の母親の腸内細菌叢―迷走神経活動―心身のレジリエンス

  との関連




波及効果、今後の予定


 欧米圏を中心とした菌叢研究により、うつ病や不安障害といった精神疾患に腸内細菌叢が関連することが分かってきました。しかし、産後の母親でかつ精神疾患や身体疾患患者ではない者を対象として「腸内細菌叢―腸―脳相関」を調べた研究は本研究が初めてです。


 本研究の成果として、育児ストレスに腸内細菌叢が関連していることが実証的に示された点はきわめて重要です。とくに、短鎖脂肪酸の産生や抗炎症に関わる腸内細菌叢が、母親の迷走神経活動や身体運動機能、そして心的レジリエンスの高さと関連していました。

これは、心的なレジリエンスを高めるには、腸内細菌叢や自律神経系、身体状態といった身体的レジリエンスを高めることが不可欠であることを意味します。


今後は、腸内細菌叢の多様性・組成に影響を与える個々人の食習慣、運動などの生活習慣についても検討する必要があります。また、大規模データによる縦断研究あるいは介入研究を行うことで、腸内細菌叢の改善が心身のレジリエンスを実際に向上させるかを実証していくことも必要です。「腸内細菌―腸―脳相関」の観点からメンタルヘルスの神経生理学的メカニズムを明らかにすることにより、育児中の親の心身のレジリエンスを効果的に高める支援法や、個人の身体特性に合わせた「個別型」の介入法を開発していくことが強く期待できます。




研究者のコメント


大阪大学大学院医学系研究科・京都大学大学院教育学研究科 松永倫子研究員


本研究にご協力いただいたすべての皆様に、心より感謝申し上げます。

子どもを育てる親の心身の状態を支え守ることは、子育て世代の QO L 向上にとって重要であるだけでなく、子どもの心身の発達を長期的に守ることにもつながります。

研究を積み重ねて、現代社会の育児を「親子セット」で「心身まるごと」守り育てていく支援方法の提案を目指していきたいです。


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