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健康を科学で紐解く シリーズ91  「内皮−造血転換の新規メカニズムを解明」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




内皮−造血転換の新規メカニズムを解明

水チャネル分子が促進する液胞形成が鍵




研究の概要

 造血幹細胞は、胚発生期に血管内皮細胞群の一部が分化転換することによって生み出されます。この現象は「内皮−造血転換」と呼ばれます。


内皮−造血転換は、胚性造血と成体型造血(骨髄造血)を直接的に繋ぐ重要な分化転換現象です。内皮−造血転換の際、扁平な血管内皮細胞から球状の造血幹細胞への劇的な形態変化がおこります。従来の内皮−造血転換に関する研究は、遺伝子発現制御メカニズムの解明が先行する一方で、形態変化に関してはどのようなしくみが働いているのか未解明でした。

 九州大学大学院医学研究院の佐藤有紀准教授らの研究グループは、水チャネル分子アクアポリン(AQP)を介した水分子の流入が内皮細胞内の液胞形成を促進し、その結果、細胞の球状化が生じることを明らかにしました。この発見により、内皮−造血転換の際の細胞形態制御メカニズムが初めて解明されました。

液胞形成の役割は植物細胞でよく知られていますが、動物細胞での役割はあまり知られていません。我々の研究から、動物細胞において液胞が細胞の分化転換現象に関わることが判明しました。


今後、この液胞の機能を詳細に解析することで、従来とは異なる角度からの内皮−造血転換現象の理解が進むことが期待されます。




研究の背景と経緯


 造血幹細胞は骨髄で維持されることが知られていますが、これらの造血幹細胞は胚発生期に血管内皮細胞からの分化転換(内皮−造血転換)により生み出されます。


内皮−造血転換によって血管から新たに生まれた造血幹細胞群は血液中に放出されて血流循環した後、肝臓で一時的に蓄えられ、骨形成期に骨髄へと血行性移動します。内皮−造血転換を起こす造血性血管内皮細胞(※1)はもともと扁平な形態ですが、造血幹細胞へと転換する際に球状の形態へと変化し、血管から切り離されます。

このような造血性血管内皮細胞の形態変化は、造血幹細胞の血行性移動にとって重要なステップですが、これまでどのようなしくみで扁平な状態から球状へと変化するのかは不明でした。


 本研究では造血生血管内皮細胞内に一過的に形成される液胞(※2)に着目し、この形成メカニズムを解明することでこの謎に迫りました。




研究の内容と成果


 植物細胞において水チャネル アクアポリン(AQP)は液胞形成に関わることが知られています。造血性血管内皮細胞においても同様に AQP が液胞形成にかかわるかどうかを検証するため、AQP1 の局在を調べたところ、AQP1 が造血性血管内皮細胞の細胞膜と液胞膜の両方に局在することがわかりました(図1)。この観察結果をもとに AQP1 を介して造血幹細胞内の液胞内へ水分子か流入することで球状化が促進されると予想し、この仮説を検証しました。


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図1 造血性血管内皮細胞の細胞膜と液胞膜に局在する水チャネル AQP1


背側大動脈(※3)の腹側部を構成する血管内皮細胞が内皮−造血転換をおこす。これらの造血性血管内皮細胞は液胞(*印:緑色蛍光タンパク質 eGFP 陰性の領域)を有する。AQP1は造血性血管内皮細胞の細胞膜(PM)と液胞膜(矢頭)に局在する。



 AQP1 を過剰発現させると、本来は内皮−造血転換を起こさない血管内皮細胞が液胞を形成して球状化し、最終的に血流中へ放出されることが判明しました。一方、水分子の透過性制御に関わるアミノ酸変異をもつ AQP1(R196H)を過剰発現させた場合、液胞形成も球状化も起こりませんでした。このことから、水分子の流入によって促進される液胞形成が、内皮−造血転換の要因である可能性が示唆されました。

実際に AQP1 が内皮−造血転換に必要かどうかを検証するため、CRISPR/Cas9 ゲノム編集技術を用いて AQP1 遺伝子に機能欠失変異を導入しました。ところが予想に反して AQP1 の機能を欠失させた細胞は内皮−造血転換をおこしました。AQP 遺伝子は、脊椎動物の進化過程で起こった全ゲノム重複によって、水チャネルとしての機能を複数の遺伝子群で補佐しあう遺伝子ファミリーを構成しています。

造血性血管内皮細胞では、AQP1 に加えて AQP5、AQP8、AQP9 も発現しているため、これらの AQP が共同で水分子の取り込みに関わる可能性が考えられました。そこで、AQP1、AQP5、AQP8、AQP9 の4つの遺伝子群についてゲノム編集を行い、多重機能欠失変異を導入したところ、造血性血管内皮細胞内の液胞形成不全が起き、球状化が抑制されました。


この結果は、造血性血管内皮細胞を球状化させるためには、複数の AQP 水チャネルを介して液胞内へ多量の水分子を蓄積させることが重要である可能性を示唆しています。

以上の研究から、内皮−造血転換の際に働く細胞形態制御メカニズムが初めて明らかになりました(図2)。


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図2 造血性血管内皮細胞の球状化メカニズム


造血性血管内皮細胞は複数の AQP を介して水分子を取り込むことで液胞を拡張して球状化する。球状化の過程で造血幹細胞(もしくは造血細胞)に分化転換し、血管壁から遊離して血流循環する。




研究のポイント


①血管内皮細胞から造血幹細胞を生み出すしくみの一端が明らかに


②水チャネル分子アクアポリンが内皮−造血転換に関与することを初めて証明


③細胞生理・機械刺激受容の観点からの造血発生メカニズム解明へ期待




今後の展開


 水チャネル AQP の関与は、これまでの造血発生研究では全く予想されていませんでした。今後、造血性血管内皮細胞における水チャネル開口制御機構を解明し、より詳細な分子機序の理解を進める必要があります。


また、水流入によって造血性血管内皮細胞内にどのような分子的変化が起こるのか(水流入に対する細胞応答)についても、詳細にしていく必要があります。本研究成果を足がかりとして、細胞生理や機械刺激応答の観点から、造血発生現象のさらなる理解が進むことが期待されます。




用語解説


(※1) 造血性血管内皮細胞


造血幹細胞に分化転換する前の血管内皮細胞。通常の血管内皮細胞とは異なり、転写因子 Runx1 を発現する。造血性血管内皮細胞は、特定の発生段階において背側大動脈の腹側領域に限定して出現する。


(※2) 液胞


脂質二重膜で区画された細胞内小器官。植物では浸透圧調整や貯蔵庫としての役割を担うことが知られている。電子顕微鏡での観察では、電子密度が低く内容物がほとんどない空胞としてオートファゴソームやリソソームと区別できる。光学顕微鏡での観察では、蛍光レポーターを取り込まない性質を利用して液胞を同定することが可能。


(※3) 背側大動脈


発生中の胚の正中線に沿って形成される最も太い血管。出生後の名称は大動脈。

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