健康を科学で紐解く シリーズ76 「自己免疫性肝炎における B 細胞の病態増悪メカニズム」
- nextmizai
- 2023年6月11日
- 読了時間: 9分
更新日:2023年6月25日
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
自己免疫性肝炎における B 細胞の病態増悪メカニズムを解明
-難治性患者の治療法開発に向けて-
慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)の中本伸宏准教授、金井隆典教授、田辺三菱製薬株式会社の藤森惣大共同研究員を中心とした研究グループは、B 細胞(注 1)がサイトカインの一種である IL-15 の分泌により細胞傷害性の CD8+T 細胞を増殖させ、自己免疫性肝炎(AIH)を増悪させることを初めて明らかにしました。
AIH は免疫系の異常により、自分自身の免疫細胞が肝臓を攻撃してしまい発症する難病指定された肝炎です。過去に難治性の AIH 患者の一部に対して、B 細胞を除去する薬剤が効果を示すことが報告されていました。 B 細胞が病態を増悪させるメカニズムが解明されると新たな治療法の開発を期待できますが、非常に複雑であり紐解くのは困難でした。
今回、B 細胞の関与が確認されている AIH のマウスモデルを用い、モデル中の B 細胞の発現遺伝子を網羅的に解析することで、IL-15 の分泌機能が重要であることを初めて発見しました(図 1)。IL-15 は肝臓を傷害する免疫細胞として重要な細胞傷害性 CD8+T 細胞(注 2:CTL)を増殖させる作用を持ちます。脾臓にはこれらの細胞が豊富に存在していますが、今回、B 細胞が脾臓で CD8+T 細胞を増殖させ、これが肝臓へと移行して肝炎を増悪させるという一連の病態メカニズムを新たに示しました。
また、CD8+T 細胞は B 細胞を刺激することで IL-15 の発現を誘導し、相互作用の関係にあることも明らかとしました。この研究成果は AIH 治療における治療方針や新薬の開発に役立つことが期待されます。

【図 1】成果概要
研究の背景と目的
自己免疫性肝炎(AIH)は様々な原因により免疫系が異常化し、免疫細胞が自分自身の肝臓の細胞を攻撃してしまうことで発症する難病指定された肝炎です。
世界的にみると 30%ほどの AIH 患者は難治性であり完全な治癒が実現できていません。
しかし、一部の難治性患者において B 細胞を除去する作用を持つ薬剤が有効であることが、複数のグループから報告されています。B 細胞は AIH の難治性に関与していることが示唆されている一方で、B 細胞がどのようなメカニズムで AIH を増悪させるかはほとんど明らかにされてきませんでした。
我々はこれを明らかとすることで、AIH の病態を理解するとともに新たな治療方針や新薬の開発が期待できると考え、本研究を行いました。
研究の成果
本研究は B 細胞が関連する特徴(抗体産生細胞(注 3)の肝臓での増加、血中自己抗体(注4)の上昇など)について、AIH 患者と類似性を示す AIH マウスモデルを用いて実施されました。
B 細胞はリンパ球の一種でありリンパ組織の脾臓に多く存在します。そこで、マウスの脾臓と肝臓中の B 細胞について網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果から、AIH発症マウスは細胞傷害性CD8+T 細胞を増殖させるサイトカインの一種である IL-15 の発現量が高いことが明らかとなりました(図 2)。
事前の検討から、AIH を発症したマウスの B 細胞はマウスの体内で CD8+T 細胞を増加させることを発見していたため、B 細胞の機能因子として IL-15 が重要であると考えました。

【図 2】AIH 発症マウスの B 細胞において IL-15 の遺伝子 (Il15) 発現が上昇
正常マウスと AIH 発症マウスからそれぞれ肝臓・脾臓由来の B 細胞を単離し、RNA-seq(注 5)により遺伝子発現を解析した。AIH 発症マウスの肝臓・脾臓の B 細胞は、正常マウス由来 B 細胞と比較して IL-15 の遺伝子 (Il15)の発現量が高かった。
次に、B 細胞が IL-15 の分泌により CD8+T 細胞の増殖を促進できるかを直接的に評価するために、AIH 発症マウス脾臓から単離した B 細胞と CD8+T 細胞を共培養する検討を行いました。期待した通り AIH 発症マウス脾臓由来の B 細胞との共培養により、CD8+T 細胞の増殖が促進されました。そして、IL-15 の中和抗体によりサイトカイン機能を失わせると、CD8+T 細胞の増殖促進は減弱しました。このことから、AIH マウスの脾臓中 B 細胞は IL15 の分泌によって CD8+T 細胞の増殖を促進することが示されました(図 3)。

【図 3】AIH 発症マウス脾臓由来の B 細胞との共培養により CD8+T 細胞の増殖が促進
正常マウスと AIH 発症マウスの脾臓由来の B 細胞を単離し、それぞれ CD8+T 細胞と共培養した。AIH 発症マウスの B 細胞と共培養することで CD8+T 細胞の増殖が促進された。この作用は正常マウス由来の B 細胞との共培養では確認されず、IL-15 の中和により減弱した。
本研究チームはリンパ球が豊富に存在する脾臓において、B 細胞が機能すると考えていました。AIH 発症マウスの肝臓では正常時に比べると B 細胞は増加します。しかし、免疫染色法で B 細胞や CD8+T 細胞の密度を観察すると、脾臓に比べて非常に低いことが分かりました。一方で脾臓には両細胞が密に存在しており、さらに AIH 発症マウスの脾臓では正常マウスに比べて両細胞が入り乱れて、より作用を及ぼしやすい状態にあることが観察できました(図 4)。この結果から、やはり脾臓における B 細胞の機能が重要であると考えました。
また、脾臓中の CD8+T 細胞は CXCR3(ケモカイン受容体(注 6))を発現し、肝臓から分泌される CXCL9(ケモカイン)により肝臓へと移行することも確認しています。つまり、脾臓で増殖した CD8+T 細胞が肝臓を傷害できることが示されました(図 1)。また、B 細胞のIL-15 発現には IFN-γ(サイトカイン)(注 7)と細胞表面に発現する分子の CD40 リガンド(CD40L)(注 8)の刺激が重要であることを発見しました。AIH 発症マウスの脾臓中 CD8+T細胞は CD40L を発現すること、共培養の実験から CD8+T 細胞が CD40L を介して B 細胞のIL-15 発現を誘導することを確認し、B 細胞と CD8+T 細胞は相互作用することが示されました。

【図 4】AIH 発症マウス脾臓では B 細胞と CD8+T 細胞が入り乱れる
正常マウスと AIH 発症マウスの脾臓について、免疫染色法により B 細胞、CD8+T 細胞および CD4+T 細胞(注 9)を可視化した。正常マウスではリンパ球が規則的な局在を示すが、AIH 発症マウスでは規則性が失われて B 細胞と CD8+T 細胞が入り乱れていた。
最後にマウスでの発見が AIH 患者の病態にも関与するかを考察するために、AIH 患者血中の B 細胞について IL-15 の発現をフローサイトメトリー法(注 10)により解析しました。これにより、健常人と比較して AIH 患者の B 細胞では IL-15 の発現量が高い(蛍光強度が高い)ことが示されました(図 5 左)。また、AIH 患者について肝炎の重症度のマーカーである血中 ALT 濃度と IL-15 の蛍光強度は相関することがわかり、AIH 患者においても B 細胞の IL-15 が病態に関与することが示唆されました。

図 5】AIH 患者血中の B 細胞は IL-15 を高発現する
健常人と AIH 患者の血中の B 細胞について、IL-15(および CD86)の発現をフローサイトメトリー法により解析した(左)。
健常人と比較して AIH 患者の B 細胞では IL-15 の蛍光強度が高く、発現が高いことが示された。AIH 患者の血中 ALT(肝炎マーカー)とIL-15 の蛍光強度について相関がみられた(右)。
総括
本研究により B 細胞が IL-15 の分泌により CD8+T 細胞を増殖させ、AIH 病態を増悪させるという新規のメカニズムが解明されました。また、CD8+T 細胞が B 細胞の IL-15 発現を誘導するという現象も過去に報告が無く、非常に興味深い発見となりました。
しかし、これは B 細胞の機能の一端であり、サイトカイン以外の細胞膜発現分子や自己抗体なども病態に関与すると考えられます。B 細胞の病態関連機能の研究はさらに発展してゆくものと思われますが、その際にこの研究成果が足掛かりとなることを期待しています。
また、様々な知見が蓄積されてゆくことで、新たな治療法や新薬が開発されることが期待されます。
用語解説
(注 1) B 細胞:
リンパ球の一種であり、抗体産生細胞へと成熟して体内に侵入した細菌やウイルスに対する抗体を分泌して殺傷する能力をもつ免疫細胞である。他にも、サイトカインを分泌して炎症を悪化させたり、体内に侵入した細菌やウイルスの抗原を他の免疫細胞に提示して危険を知らせる能力なども持つ。
(注 2) CD8+T 細胞:
リンパ球の一種であり、細胞を殺傷する能力が高い免疫細胞である。健常人ではウイルスに感染した細胞やがん細胞のように、異常化した細胞を排除する役割を担う。しかし、AIH 患者においては自分自身の正常な肝臓細胞を攻撃し、肝炎の増悪に寄与してしまう。
(注 3) 抗体産生細胞:
B 細胞が成熟して体内に侵入した細菌やウイルスに対する抗体を分泌できるようになったもの。
(注 4) 自己抗体:
抗体産生細胞は通常は病原体に対する抗体を分泌して生体防御に寄与する。しかし、AIH などの自己免疫疾患では「自分自身の体内の成分に対する抗体」を分泌し、組織を傷つけてしまうことがある。そのような抗体を自己抗体と呼ぶ。
(注 5) RNA-seq:
RNA シーケンシングの略。細胞や組織の RNA を抽出・処理した後に、専用の機器を用いて網羅的に遺伝子の発現を解析する手法。
(注 6) ケモカイン受容体:
細胞外に分泌されるケモカインという分子に対する受容体であり、複数の種類がある。対応するケモカインを受容すると、ケモカインを分泌する細胞の方へと受容細胞が移動する。例えば、体内に病原体が侵入すると周辺の細胞がケモカインを分泌して危険信号を出し、対応するケモカイン受容体を発現した免疫細胞が集まってくる。
(注 7) IFN-γ:
炎症時に T 細胞などの免疫細胞から分泌されるサイトカインの一種。健常人では病原体の排除に役立つが、本研究では B 細胞の異常化に寄与してしまっている。
(注 8) CD40 リガンド(CD40L):
活性化した T 細胞の細胞表面に発現するタンパク分子であり、B 細胞の細胞表面の受容体に結合することでシグナルを送る。B 細胞の活性化や抗体産生細胞への成熟に寄与する。
(注 9) CD4+T 細胞:
リンパ球の一種であり、B 細胞や CD8+T 細胞の機能の発揮を補助する役割を持つとともに,自身も炎症応答を起こすことのできる免疫細胞である。脾臓においては B 細胞が存在するエリアに隣接する形で CD4+T 細胞のエリアが存在することが知られる。
(注 10) フローサイトメトリー法:
細胞の表面には、その細胞に特徴的な分子が発現している。その分子に特異的に結合する抗体を蛍光色素で標識したのちに、細胞に結合させる。専用機器により、1 細胞ごとに特定の抗体が結合しているか否かを、対応する蛍光色素の検出により判別することができるため、様々な蛍光標識抗体を用いることで個々の細胞を分けて、それぞれの特徴を捉えることができる解析手法である。






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