健康を科学で紐解く シリーズ228 「簡単な血液検査だけで、さまざまながんの早期発見が可能に」
- nextmizai
- 2023年9月30日
- 読了時間: 8分
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
複数のがんを一度に検知できる新発見のがんマーカー
~簡単な血液検査だけで、さまざまながんの早期発見が可能に~
研究成果のポイント
1.複数のがん(胃がん、食道がん、大腸がん、膵臓がん、乳がん、肝臓がん)を早期に検知
できる可能性がある新しい血液がんマーカーを発見しました。
2.胃がんの診断において、この新しい血液がんマーカーは 89%の確率で胃がんである人を
特定し、99%の確率で胃がんでない人を特定することが可能でした。
3.この新しい血液がんマーカーの診断能は、現在日常診療で汎用されている CEA や
CA19-9 よりも高い精度を示しました。
要旨
名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学の小寺 泰弘(こでらやすひろ)教授、神田 光郎(かんだ みつろう)講師、篠塚 高宏(しのづか たかひろ)大学院生の研究グループは、血液検査にて測定でき、胃がんを始めとした複数のがんを早期に検出できる新しい血液がんマーカーとして、stromal cell-derived factor 4 (SDF-4)というタンパク質が高い精度を持つことを明らかにしました。
長年にわたり、胃がん、大腸がん、乳がんなどのがんを検出するための血液検査には、CEA※1 や CA19-9※2 といったがんマーカーが用いられてきました。しかしこれらのがんマーカーは、必ずしも全てのがんを正確に検出するわけではありませんし、その精度も満足のいくものではありません。早い段階でのがんの発見は治療の成功率を高めるため、より精度の高いがんマーカーの開発が求められてきました。
この研究では、最新の研究結果やデータベースを活用してがん細胞から分泌される物質を調査し、大規模検診にも適応できる可能性があるタンパク質 SDF-4 を特定しました。実際のがん患者さんと健常者から採取した血液中の SDF4 濃度を測定したところ、がん患者さんの血液では胃がん、食道がん、大腸がん、膵臓がん、乳がん、肝臓がんといった様々な種類のがんで高い値を示しました。特に胃がんにおいては、感度※3 89%、特異度※4 99%という従来のがんマーカーと比較して驚異的な数値を示しました。さらにステージ 1 胃がんという早期の段階の患者さんでも健常者より高い値を示し、がんの早期発見に寄与する可能性を示しました。
また、本研究では、SDF-4 がいかにしてがん患者にて血液中濃度が高くなるかの機序を解明する実験を行いました。がん細胞を培養し、培養液中の濃度を測定すると、SDF-4 の値が上昇しており、がん細胞自体が SDF-4 を分泌していることが判明しました。また、がん細胞をすりつぶし、その中の SDF-4 の値を測定すると、同様に上昇しており、がん細胞の崩壊によっても、がん患者の血液中濃度が高くなる可能性が示唆されました。さらに、胃がん患者さんから切除した胃の組織を用いて、SDF-4 の免疫組織染色※5 を行うと、胃がん組織には SDF-4 が存在しますが、正常の組織には存在しないことを示しました。これはステージ 1 胃がんの患者さんでも進行胃がんの患者さんでも同様の結果であり、がんの早期の段階から SDF-4 はがん組織内に含まれることが明らかになりました。
これらの発見は、SDF-4 が様々ながんの早期診断に新たな可能性をもたらすことを示しています。今後、このがんマーカーの診断精度の検証をより多くの患者さんで行う国際共同研究を予定しています。また、診断のための測定キットの開発にも着手しており、多くの人々がこの新しい検査方法を受けられることを目指しています。
背景
国立がん研究センターの統計によると、日本人の男性 4 人に 1 人、女性 6 人に 1 人ががんで死亡します。*食道がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がんのような消化器がんを根治するためには、手術や内視鏡での完全なる切除が必要なことが大半ですが、進行した状態で発見された場合、これらの治療適応がなく、根治が困難になることが多くみられます。一方で、早期段階での治療成績は概して良好で、その疾患の根治につながる可能性が高いといえます。例えば、遠隔転移を有する進行胃がんの 5 年生存率は 6.6%と絶望的ですが、早期胃がんでは 96.7%と良好な成績です。そのため、がんを早期発見することは、その疾患の治療成績を向上させます。現在、がんの診断目的で CEA、CA19-9 などの様々な血液がんマーカーが用いられていますが、あらゆる種類のがんに適応できず、診断の精度も十分でないことが課題となっています。近年、がんの早期診断を可能にする新たながんマーカーの研究報告が相次いでいますが、その測定方法が煩雑・高価であったり、検査方法が侵襲的※6 であったりと問題点も多く、大規模がん検診に用いられるまでに至っていません。よって、様々ながんを早期の段階で検出でき、非侵襲的に安価で汎用性の高い検査方法で判定できる新たながんマーカーの開発は急務です。
研究成果
当院で治療を受けた胃がん、乳がん、大腸がん、膵臓がん、食道がん、肝臓がんの患者さんと健常者の血液中の SDF-4 濃度を調べると、いずれのがんにおいても、がん患者さんの方では高い値であることが分かりました(図 1a)。さらに、胃がん患者さんの進行度別に SDF-4 濃度を健常者と比較すると、ステージ 1 の早期の段階から、進行がんと同様に高い値を示していました。今回の研究の対象である胃がん患者さんと健常者を区別する感度は、SDF-4 では 0.889 であり、CEA の 0.131、CA19-9 の 0.169 と比較して高かったです。

図 1:健常者と様々ながん患者さんの血中 SDF-4 濃度の比較(a)。健常者と胃がんステージ
毎の血中 SDF-4 濃度の比較(b)。
また、がん患者さんの血液中で SDF-4 が上昇するメカニズムを調べるために、9 種類の胃がん細胞を用いた実験を行いました。培養液中に SDF-4 が存在し、その濃度が経時的に上昇しており、またがん細胞をすりつぶした溶解液中にも SDF-4 が含まれていました(図 2)。これらの結果より、がん細胞が SDF-4 を分泌しており、また細胞内にも SDF-4 を含んでいるので、がん細胞の崩壊によっても SDF-4 が細胞外に放出されて、血液中に移行する可能性が示唆されました。

図 2: 9 種類の胃がん細胞における培養液中の SDF-4 濃度(1、2、3 日目)と溶解液中の
SDF-4 濃度。
さらに、手術によって摘出された胃がん組織と周囲の正常組織を用いて SDF-4 の免疫組織学的染色を行いました。いずれのステージにおいても正常組織では SDF-4 は認めず、腫瘍組織内で均一な分布で染色されました(図 3a)。また、ステージごとの染色陽性率を見ると、いずれのステージの陽性率もほぼ同じであることが分かりました(図 3b)。

図 3: 胃がんの各ステージにおける SDF-4 免疫組織染色写真(a)。胃がんの各ステージに
おけるSDF-4 陽性率(b)。
これらの研究成果は、すでに国内特許に出願しています。
今後の展開
胃がんを始めとした消化器がんの根治のためには、その疾患を早期に発見し、治療介入を行うことが重要となります。今回の研究は SDF-4 が様々な種類のがんを早期に発見することにつながる新しい血液がんマーカーとなり得る可能性を示しました。
今後、国際共同研究によって、より多くの患者さんを対象に SDF-4 の診断精度を評価することを計画しています。また、大規模がん検診にも応用できるように、血液検体を用いてSDF-4 濃度を測定する独自の検査キットの開発を目指しています。
用語説明
※1 CEA
Carcinoembryonic antigen の略です。正常細胞では分泌しづらく、がん細胞で特異的に分泌しやすい腫瘍マーカーの一種です。大腸がん、胃がん、肺がん、乳がんなどの早期発見に使用されることがありますが、単独でがんを診断する精度は十分ではなく、他の検査と合わせて評価する必要があります。
※2 CA19-9
Carbohydrate antigen 19-9 の略です。膵臓がんや胆道がんの早期発見に使用されることがある腫瘍マーカーですが、CEA と同様に診断精度は十分ではなく、他の検査と合わせて評価する必要があります。
※3 感度
医学検査の精度を示す指標の一つです。具体的には、病気が実際に存在するときに、その検査が「陽性」と判断する確率を指します。高い感度を持つ検査は、病気を見逃すリスクが低いと言えます。
※4 特異度
医学検査の精度を示すもう一つの重要な指標です。具体的には、健康な人々が実際に病気でないときに、その検査が「陰性」と判断する確率を指します。高い特異度を持つ検査は、健康な人を誤って病気だと診断するリスクが低いと言えます。上記の感度とは、しばしばトレードオフの関係にあり、一方が高くなると他方が低くなることがあります。
※5 免疫組織染色
免疫組織染色とは、組織中の特定のタンパク質を検出・可視化する技術です。抗体と呼ばれる特定のタンパク質をターゲットにして結合する分子を利用します。具体的には、組織のスライドを取り、特定の抗体を適用し、この抗体が組織内の目的のタンパク質と結合すると、色素や蛍光物質を付加することで、結合部分を目視または顕微鏡で確認することができます。
※6 侵襲的
体に何らかの手術、治療や検査を行う際に、身体を切ったり、器具を挿入したりするなどして体内に直接介入する方法を指します。






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