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健康を科学で紐解く シリーズ212  「神経系のMML-1が全身の老化を制御する」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




神経系を起点とするオートファジー・寿命制御ネットワークを解明

-神経系のMML-1が全身の老化を制御する-




研究成果のポイント


1.寿命延長の重要な転写因子※1MML-1 が、個体老化の制御において、どの組織での働き

 が重要なのか不明であったが、今回、「神経系」における MML-1 の活性が重要である

 ことを発見。


2.神経系の MML-1 が全身のオートファジー※2やペルオキシダーゼ3を活性化すること

 で寿命が伸びることが明らかに。


3.ヒトの健康寿命延長や加齢性疾患の治療への応用が期待される。




概要


 大阪大学大学院生命機能研究科の大学院生 塩田達也さん(細胞内膜動態研究室)、吉森保教授(生命機能研究科細胞内膜動態研究室/医学系研究科遺伝学)、奈良県立医科大学医学部医学科生化学講座の中村修平教授らの研究グループは、モデル生物線虫※4 を用いて、寿命延長に必須な神経系を起点としたオートファジー制御ネットワークを世界で初めて明らかにしました(図1)。


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図 1. 研究成果概略


神経系の MML-1 は GLT-5 の転写を促進させ、全身レベルでのオートファジー活性化・活性酸素の蓄積抑制をすることで、線虫の寿命を延長させる








線虫を含む様々な生物種において、生殖機能の低下により寿命が伸びることが知られています。この分子メカニズムはよく分かっていませんでしたが、研究グループの中村らは、以前の研究で生殖細胞欠損に応じて活性化し、寿命延長の鍵を握る因子として転写因子 MML-1 を同定していました(Nakamura et al.,Nat Commun, 2016)。MML-1 は細胞内分解システムとして知られるオートファジーを活性化することで寿命の延長に必須の働きをしますが、どの組織の MML-1 の働きが重要なのか、どのようにオートファジーを活性化し、個体の寿命を制御するのかなどよく分かっていませんでした。


今回、研究グループは、線虫を用いて寿命延長における MML-1 の組織特異的な解析を行い、神経系のMML-1 の活性化が全身の老化抑制・寿命延長に必須の働きをもつことを見出しました。さらに、神経系MML-1 を起点とした全身でオートファジーの活性を制御する組織間ネットワークを明らかにしました。今後、神経系の転写因子MML-1 を起点とする本ネットワークの理解が進むことで、健康寿命延長や加齢性疾患の治療への応用につながる可能性があります。




研究の背景


 虫やネズミのようにわずか数年しか生きられない生物がいる一方で、ゾウやカメのように 100 年近く、あるいはそれ以上生き続けることができる生物も知られています。このように多種多様な生物の寿命ですが、実際にどのように決まっているのかはまだほとんど分かっていません。

しかし最近、線虫やハエなどの小さなモデル生物を用いた研究によって、特定の遺伝子の制御や環境下において生物の寿命が延びる寿命延長経路が存在することが分かってきました。


例えば、線虫において将来精子や卵になる生殖細胞を除去すると寿命が約 60%延長することが示されています。以前、研究グループの中村らはこの寿命延長を引き起こす鍵因子として転写因子 MML-1 を同定していました(Nakamura et al., Nat Commun,2016)。MML-1 は生殖細胞除去により活性化し、オートファジーの活性化を介して線虫の寿命の延長に寄与しています。重要なことに、MML-1 は生殖細胞除去だけに限らず、カロリー制限等これまでに報告されているその他多くの寿命延長経路でも必須であることが明らかになりました。これらのことから、MML-1 によるオートファジーの制御は多くの寿命延長経路のコアメカニズムの一つであると考えられます。


最近の老化研究から、特定の組織が、いわば高次の「コントロールセンター」として寿命を制御していることが分かってきました。生殖細胞欠損による MML-1 の活性化は全身レベルで起こりますが、どの組織の MML-1 の働きが寿命制御に中心的な役割を担っているかは明らかにされていませんでした。また、MML-1 によるオートファジーや寿命制御の詳細なメカニズムもよく分かっていませんでした。




研究の内容


 本研究グループは、まず組織ごとに MML-1 をノックダウンし、生殖細胞欠損による寿命延長への影響を調べました。すると、神経系で MML-1 をノックダウンするだけで寿命延長効果が完全に打ち消されることが分かりました(図2)。また、神経系で MML-1 がないと加齢に伴う易凝集蛋白質の蓄積、運動機能や腸管機能の低下が加速することも確認されました(図 2)。さらに、生殖細胞を除去せずとも、神経系でMML-1 を活性化させるだけでも線虫の寿命が延びることを見出しました。


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図 2. 神経系 MML-1 の抑制により線虫の長寿が廃止される

(左)生殖細胞除去個体の神経系で MML-をノックダウン(ピンク線)すると寿命が延長しなく

  なる。

(右)神経系 MML-1 をノックダウンにより生殖細胞除去個体の腸管バリアが破れ、餌に混

  ぜた青色染料が腸管の外に漏れ出る。



 次に、この老化・寿命制御の詳細を明らかにするために、神経系 MML-1 によって制御される因子をRNA-seq※5 によって探索したところ、神経系 MML-1 がグルタミン酸トランスポーター(GLT-5)を制御することで寿命を伸ばしていることを発見しました(図3)。


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図3. 神経系 MML-1 は GLT-5 を発現上昇させることで寿命を延ばす

(左)長寿な線虫では神経系 MML-1 により GLT-5 の発現が上昇する。

(右)神経系で GLT-5 をノックダウン(水色)すると生殖細胞除去個体の長寿が廃止される。



 長寿個体の神経系で MML-1 や GLT-5 をノックダウンすると、神経系だけでなく腸や筋肉などの遠位組織のオートファジー活性までもが低下することが観察されました(図4)。


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図4. 神経系 MML-1 は遠位組織のオートファジーを制御する

オートファゴソームとリソソームの融合を阻害するクロロキンを用いて一定の期間に形成されるオートファゴソームの数を測定する実験。神経系で MML-1 をノックダウンすると、腸で形成されるオートファゴソームの数が低下しており、オートファジー活性が低下していることが分かった。



 さらに、神経系 MML-1-GLT-5 軸はペルオキシダーゼ MLT-7 の全身レベルでの活性化にも寄与しており、これがオートファジー活性とは独立して、加齢に伴う活性酸素種の蓄積を抑制することで寿命延長に貢献していることも見出しました(図5)。


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図5. 神経系 MML-1 は MLT-7 を活性化し、活性酸素の蓄積を抑制する

(左上)神経系 MML-1 をノックダウンすると、生殖細胞除去個体の MLT-7 の発現上昇が

   見られなくなる。

(右上)生殖細胞除去個体で MLT-7 を抑制すると(紫線)寿命が延長しなくなる。

(下)MLT-7 をノックダウンすると生殖細胞除去個体で活性酸素(赤色)の蓄積が増加する。



 これらの結果は、神経系 MML1-GLT-5 軸が組織間ネットワークを介して全身レベルでオートファジー活性化や酸化ストレスを軽減することで老化を抑制していることを示唆するものです。




本研究成果の意義


 本研究成果により、個体寿命の制御における神経系を起点とした組織間ネットワークの一端を明らかにすることができました。


神経系 MML-1 をターゲットにした新たなオートファジーの活性調節やこれに伴う健康寿命延長法確立への貢献が期待されます。




用語説明


※1 転写因子

複数の遺伝子の発現を制御するタンパク質のこと。DNA 上の特定の配列に結合して、その近傍に書き込まれた遺伝子の RNA への転写を促進したり抑制したりする機能を有する。


※2 オートファジー

細胞内のタンパク質や構造体をオートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜で包み込み、リソソーム(多量の消化酵素をもつ細胞小器官)と融合することで内容物を分解・除去する機構のこと。オートファジーの異常は神経変性疾患や2型糖尿病などの重篤な疾患を引き起こすほか、老化にまで影響することが近年の研究で分かってきている。


※3 ペルオキシダーゼ

過酸化水素(H2O2)の分解を担う酸化還元酵素の一種。細胞内の活性酸素を除去する生体防御機構の一端を担っている。


※4 線虫

正式には Caenorhabditis elegans と呼ばれる線形動物の一種。体長は 1mm ほどで、体が透明であることから生きたまま細胞の中を観察することが可能であり、モデル生物として広く利用されている。神経系や腸、筋肉、皮膚などの高度な組織を有しているにも関わらず、寿命が約 20 日と短いため、老化・寿命の研究に適している。


※5 RNA-seq

次世代シーケンサーを用いてサンプル内の全転写産物の塩基配列を決定する手法のこと。

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