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健康を科学で紐解く シリーズ206  「肺高血圧症の血管新生を制御するしくみ」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




肺高血圧症の血管新生を制御するしくみを発見

―組織透明化技術で血管新生を立体的に可視化―



発表のポイント


1.肺高血圧症の進展過程において血管新生が代償的な役割を担っていることを明らかにしま

 した。またその血管新生は転写共役因子 PGC-1α により制御されていることを発見し

 ました。


2.組織透明化技術ならびに多光子励起顕微鏡を用いてマウスの肺内の微小血管を立体的に

 可視化し、肺高血圧症の進展過程に特徴的な血管新生像を捉えることに成功しました。


3.PGC-1α 活性化薬は血管新生が誘導することにより肺高血圧症を改善することが明らか

 となり、新規治療薬になることが期待されます。


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PGC-1α により制御される肺高血圧における代償的血管新生




発表概要


 東京大学医学部附属病院の藤原隆行特任助教、武田憲文特任講師(病院)、小室一成特任教授らの研究グループは、肺高血圧症(注 1)のモデルマウスにおいて、肺高血圧症の進展過程に特徴的な肺内の血管新生を立体的に可視化することに成功しました。

この血管新生は低酸素負荷誘発性肺高血圧(酸素濃度 8-10%程度の環境下で生じる肺高血圧)に対して代償的な役割を担っているとともに、転写共役因子 PGC-1α(注 2)により制御されており、PGC-1α 活性化薬により肺高血圧症が改善することを明らかにしました。


 肺高血圧症は肺血管が狭くなることを特徴とする若年発症の難治疾患であり、肺移植を必要とする重症な患者さんも少なくありません。

本研究グループは、組織透明化技術(注 3)および多光子励起顕微鏡(注 4)を用いて複数のモデルマウスの肺血管を立体的に可視化・評価することにより、肺高血圧症における血管新生の意義について検討を行いました。肺高血圧症においては、血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor:VEGF)(注 5)の発現が増加していることが過去に報告されていますが、血管新生の意義については十分に解明されておらず、今回の結果を足がかりに血管疾患の病態解析や治療法の開発、肺高血圧症治療薬への応用が期待されます。




研究の背景


 肺高血圧症は肺血管の進行性狭窄を特徴とする難治性疾患であり、以前は診断からの平均生存期間は 2.8 年と非常に予後が不良でした。近年は治療薬の開発により改善してきているものの、未だ肺移植を必要とする重症な患者さんも多く、新しい治療法の開発が望まれています。

これまでの研究では肺高血圧症の肺組織で血管内皮成長因子(VEGF)の発現が上昇し、それが異常な血管構成細胞の増殖に関与していると考えられていました。低酸素負荷誘発性肺高血圧症モデルマウス(注 6)では、VEGF シグナルの上流に位置する低酸素誘導因子(Hypoxiainducible factor:HIF)(注 7)の欠損により、VEGF が低下するとともに低酸素負荷誘発性肺高血圧が改善されましたが、その一方で、治療目的に VEGF 受容体阻害薬を投与すると低酸素負荷誘発性肺高血圧が悪化するなどの矛盾が生じ、肺高血圧症における VEGF や血管新生の意義は不明点が多く残されている状態でした。


 本研究グループは、これまでに組織透明化技術および多光子励起顕微鏡を用いてマウスの肺血管全体を三次元可視化する手法を確立しており、本研究では、この手法を用いて肺高血圧症における血管新生の意義について検証を試みました。




研究の内容


 まず、組織透明化技術および多光子励起顕微鏡を用いて、低酸素負荷誘発性肺高血圧症モデルマウスの血管形態変化について立体的に評価を行いました。評価の結果、VEGF の上昇とともに肺末梢に伸長する血管新生像が認められましたが、VEGF 受容体阻害薬である SU5416 ならびにカボザンチニブを投与すると、VEGF の発現上昇および血管新生は抑制され、低酸素負荷誘発性肺高血圧は悪化しました(図 1)。すなわち、肺高血圧症において血管新生は代償的に働いており、この血管新生反応の増強が新規治療標的となりうることが示唆されました。VEGFシグナルおよび血管新生の上流に位置する HIF の活性化が低酸素負荷誘発性肺高血圧を悪化させることはすでに報告されていたため、研究グループは、HIF とは独立した血管新生因子PGC-1α に着目しました。PGC-1α は低酸素負荷誘発性肺高血圧症モデルマウスの血管内皮細胞で発現が上昇し、SU5416 ならびにカボザンチニブの投与により抑制されるなど、VEGF と同様の発現パターンを呈することから、血管新生反応の上流に位置することが示唆されました。


さらに、PGC-1α の肺高血圧症における意義を検証するため、肺内皮細胞特異的 PGC-1α ノックアウトマウス(注 8)に低酸素負荷を行ったところ、VEGF の発現および血管新生反応は抑制され、低酸素負荷誘発性肺高血圧が悪化しました。その一方で、PGC-1α 活性化薬であるバイカリンを投与すると VEGF 発現および血管新生反応が増強し、低酸素負荷誘発性肺高血圧は改善され、さらに酸化ストレスや DNA 損傷、細胞老化も軽減することが明らかとなりました。これらの結果より PGC-1α の活性化が肺高血圧症の新規治療標的となりうることが示唆されました。


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図1:肺高血圧症における血管新生像の三次元可視化

低酸素負荷により血管が伸長している像を立体的に捉えることに成功しました。この血管新生像は、VEGF 受容体阻害薬である SU5416 ならびにカボザンチニブ(Cabozantinib)の投与により抑制されることが三次元解析により明らかとなりました。




今後の展望


 本研究では、組織透明化技術および多光子励起顕微鏡を用いることにより、従来の手法では捉えることが困難であった血管新生像を立体的(三次元的)に可視化することに成功し、肺高血圧症における血管新生の意義を明らかにすることができました。


血管生物学の分野において、従来の解析手法では血管の形態を立体的に評価することは困難で、その病態の正確な理解の妨げとなっていましたが、本研究グループは、この三次元可視化技術をさらに多くの血管疾患の病態解析に応用し、新規治療法開発に繋げていくことを目指していきます。また肺高血圧症の新規治療薬としての PGC-1α 活性化薬についてもさらなる検討を行い、実用化に向けて進めていきたいと考えています。




用語解説


(注 1)肺高血圧症


肺動脈を構成する細胞の異常な増殖により肺動脈が狭く細くなり、無理に血液を流すように心臓が努力するために、肺動脈の圧力が上昇します。その結果、肺動脈に血液を送る役割を持つ右心室にも高い圧力がかかり、時間の経過とともに機能が低下して右心不全が進む難治疾患です。治療としては、血管拡張薬が中心ですが、重症例では肺移植を必要とする場合もあります。


(注 2)PGC-1α


PPARγ に結合する転写共役因子として発見された分子であり、エネルギー産生や熱消費に関わる多くの遺伝子発現を制御します。核内受容体である ERRα と共役することで VEGF の発現ならびに血管新生を促すことが報告されています(転写因子とは DNA に結合して遺伝子の活性を制御するタンパク質の一群)。


(注 3)組織透明化


組織中に化学的処理を行うことによって光の散乱や吸収を抑制し、組織内部の描出を可能とする技術です。臓器全体を細かく分割することなく、立体的(三次元的)に観察することができるようになる技術であり、特に日本において開発が進められています。


(注 4)多光子励起顕微鏡


複数の光子を同時に分子に吸収させて蛍光物質を励起させる現象を多光子励起と言います。この現象は自然界では非常に稀にしかおきませんが、光子密度を極端に高めることにより、その現象を引き起こすことができます。励起波長が長波長(近赤外線)のため、組織の深部(数百μm)まで進達することができ、顕微鏡で断層撮影を行うことで組織の立体像を描出することが可能です。


(注 5)血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor:VEGF)


血管を増やしたり伸ばしたりする血管新生を促すタンパク質です。VEGF が血管内皮細胞に作用すると、細胞分裂などを誘導し、すでに存在する血管から枝分かれした新しい血管が形成されます。


(注 6)低酸素負荷誘発性肺高血圧症モデルマウス


通常大気の酸素濃度は 21%ですが、酸素濃度 8-10%程度の環境で 3 週間程度マウスを飼育することにより肺高血圧を発症させることができます。肺高血圧症の基礎研究において幅広く用いられているマウスモデルです。


(注 7)低酸素誘導因子(Hypoxia inducible factor:HIF)


低酸素状態になると活性化する転写因子です。細胞の代謝や生存、血球造成や血管新生などに関与しています。


(注 8)肺内皮細胞特異的 PGC-1α ノックアウトマウス


ノックアウトマウスは、遺伝子操作によって特定の遺伝子の配列部分を欠損(ノックアウト)させてその働きをなくしたマウスです。本研究では、肺内皮細胞に特異的な転写共役因子PGC-1α の働きをなくしたモデルマウスの評価を行いました。




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