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健康を科学で紐解く シリーズ180 「ヒト内在性レトロウイルス由来の腎がん抗原を発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




ヒト内在性レトロウイルス由来の腎がん抗原を発見

~腎がん免疫治療戦略に新しい光~



研究の概要


 札幌医科大学医学部病理学第一講座の金関貴幸講師・鳥越俊彦教授らの研究グループは、旭川医科大学腎泌尿器外科学講座の小林進助教・柿崎秀宏教授との共同研究で、免疫プロテオゲノミクスと呼ばれる新しい技術を用いて腎がん組織を解析し、腎がん細胞にはヒト内在性レトロウイルス(human endogenous retrovirus, hERV)に由来するがん抗原が提示されていることを発見しました。

この hERV がん抗原は患者の免疫細胞を刺激します。腎がん患者の免疫細胞は hERV 抗原を目印として腫瘍の中に集まり、がん細胞と戦っていると考えられます。


今回の発見は新しい治療標的あるいは免疫治療効果バイオマーカーとして臨床応用できる可能性があります。




研究のポイント


1.ヒト腎がん組織の免疫プロテオゲノミクス解析を実施


2.hERV の一部が翻訳され、がん細胞の HLA に提示されている


3.患者のT細胞は hERV がん抗原に反応する


4.健常人のT細胞も hERV がん抗原に反応する


5.hERV 産物は新しいタイプの「がん抗原」であり、治療標的となりうる


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研究背景


 腎がんでは免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法が実施されています。免疫チェックポイントの効果を担う免疫細胞は T 細胞です。T 細胞はがん細胞を攻撃し駆除することができます。T 細胞は、細胞表面の HLA に提示されたペプチド(抗原と呼びます)を確認し、がん細胞なのか正常細胞なのか、攻撃すべきかどうかを正確に区別しています。


がんの目印となる抗原を「がん抗原」と呼びます。腎がんではどのようながん抗原が存在し、T 細胞を誘導しているのかよくわかっていませんでした。




研究方法


 今回、私たちは腎がん組織を免疫プロテオゲノミクスと呼ぶ技術で解析しました(図1)。

これは腎がん細胞表面のHLA 分子に提示されるペプチド配列を抽出し、マススペクトロメトリーで網羅的かつダイレクトに配列解読する最新技術です。ヒトゲノムにはヒト内在性レトロウイルス(hERV)と呼ばれる領域が存在しています。私たちは次世代シーケンサーを用いた独自のパイプラインを開発し、hERV 遺伝子など従来技術では解読できなかった遺伝子領域に由来する抗原ペプチドの解析を実現させました。


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(図1) 免疫プロテオゲノミクス(プロテオゲノミクス HLA リガンドーム解析)による hERV

   がん抗原の同定




研究結果


 腎がんの腫瘍と正常組織を探索したところ、hERV 遺伝子に由来する抗原が HLA 提示されていることがわかりました。さらに正常ではなくがん組織に偏って存在する hERV 抗原を発見しました。同時に、腎がん患者では腫瘍内に hERV 抗原に反応する T 細胞が集まっていることを確認しました。この hERV 抗原は健常人の血液中の T 細胞を刺激することもわかりました。

つまり、ヒト免疫系は hERV がん抗原を目印にがん細胞を認識している可能性があります。hERV は腎がんにおける新しいタイプの「がん抗原」であると考えられます。




展望


 がん予防ワクチンなどの治療標的としても応用可能であると考えています。また、hERV がん抗原は腎がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の新しいバイオマーカーとなる可能性があると考えています。


現在、成果を実用化するための取り組みがすすんでいます。




用語解説


*1 T 細胞:


T 細胞は免疫細胞であるリンパ球のひとつであり、がん細胞やウイルス感染細胞を除去する中心的な役割を担う。T 細胞はペプチドと HLA の複合体を T 細胞レセプターで認識し、標的細胞を識別する。そのため通常は正常細胞を攻撃することはなく、がん抗原など異常な抗原を提示する細胞のみを選択的に攻撃する。


*2 HLA と抗原:


すべての有核細胞は細胞表面に HLA と呼ばれる皿状の分子を発現する。HLA は細胞内で生じた膨大な数のタンパク断片(ペプチド)を提示している。HLA に提示されたペプチド配列あるいはその元となるタンパク配列を抗原と呼ぶ。ペプチド-HLA 複合体は T リンパ球による免疫監視(スクリーニング)の対象となっている。


*3 ヒト内在性レトロウイルス(human endogenous retrovirus, hERV):


進化の過程においてヒトゲノム内にとりこまれたレトロウイルスに由来する配列。ヒトゲノムの 8%前後をも占める。これら遺伝子の意義・役割はよくわかっていない。


*4 免疫プロテオゲノミクス:


リンパ球など免疫細胞と標的細胞に特化したプロテオゲノミクス解析を免疫プロテオゲノミクスと呼んでいる。HLA 提示ペプチドーム(免疫ペプチドーム)の網羅解析はそのひとつであり、非翻訳領域に由来する抗原ペプチドなど、従来法では検出できない配列を解読することができる。






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