健康を科学で紐解く シリーズ179 「免疫細胞の炎症制御「硫黄代謝」がカギ」
- nextmizai
- 2023年8月26日
- 読了時間: 7分
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
免疫細胞の炎症制御「硫黄代謝」がカギ
~マクロファージの硫黄代謝を標的とした創薬にむけて~
発表のポイント
1.炎症を制御する細胞であるマクロファージにおいて、炎症の終結に必要な代謝パスウェイ
(注1)を同定しました。
2.炎症刺激により活性化したマクロファージは、含硫アミノ酸であるシスチンを細胞外から
取り込み、超硫黄分子(注2)を産生することで、炎症反応を終結させることを明らかにし
ました。
概要
マクロファージは免疫細胞の一種であり、病原体の感染や周りの細胞の損傷等により活性化し、病原体の排除や組織の修復を行います。しかし、過剰に活性化すると新型コロナ感染症で見られるような重症肺炎などの原因となる他、炎症が長引くと慢性閉塞性肺疾患などの慢性炎症性疾患、関節リウマチなどの自己免疫疾患ほか、さまざまな病気を引き起こします。
私たちが持っている細胞は本来、炎症反応を収束させ、過剰な炎症反応が起こることを防ぐメカニズムを兼ね備えていますが、マクロファージにおいて、その制御に関わる因子の全貌は明らかにされていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科の武田遥奈大学院生、加齢医学研究所環境ストレス老化研究センターの村上昌平助教、遺伝子発現制御分野の関根弘樹講師、本橋ほづみ教授らの研究グループは、マクロファージによる炎症反応の収束には「硫黄代謝」の活性化が鍵となることを明らかにしました。
本研究では、マクロファージが取り込んだシスチンとその還元型であるシステインを基質として超硫黄分子が合成され、過剰な炎症応答を収束させるネガティブフィードバック機構が形成されることを明らかにしました。
本研究成果は、マクロファージが本来持っている超硫黄分子による炎症抑制機構を強化することが、重症感染症や慢性炎症、自己免疫疾患などの創薬標的となる可能性を示唆しています。
研究の背景
免疫細胞の一種であるマクロファージは感染や組織損傷に応答して活性化し、IL-6 や IL-1β といったさまざまなサイトカインを放出します。この活性化は病原体の排除、組織修復に重要である一方、過剰な活性化や長引く活性化は重症感染症や慢性炎症性疾患、自己免疫疾患といった病態の形成に関与します。
近年、世界の多くの研究者により、活性化した免疫細胞では代謝産物のダイナミックな変動が起こること、そして、それはエネルギー需要の増加を満たすだけでなく、炎症反応をさまざまに制御することが明らかにされています。一方、炎症収束を制御する因子としては、これまで、炎症促進性サイトカインのmRNA を分解してその発現を抑制する Regnase-1 タンパク質などが知られていましたが、炎症の収束に関わる代謝パスウェイについては、十分に理解されていませんでした。
今回の取り組み
研究グループではまず、リポポリサッカライド(LPS)(注3)で刺激し、起炎症反応を誘導した腹腔内マクロファージ(注4)(以後、活性化マクロファージ)と、無刺激のマクロファージで代謝産物を網羅的に検出するメタボローム解析(注5)を行いました。活性化マクロファージで増加していた代謝物には、これまでに炎症反応を制御することが知られていたイタコン酸、コハク酸といった代謝物だけでなく、酸化型グルタチオンやシステインの酸化体など、硫黄を含む代謝物が多く含まれていることを見出しました。
活性化マクロファージでは、含硫アミノ酸であるシスチンを細胞外から取り込むトランスポーターである xCT の発現が著増します。そこで、xCT 欠損マクロファージを用いてメタボロミクス解析を行ったところ、予想通り、それまでみられた硫黄代謝産物の変動が消失しました。このマクロファージを用いてLPS 刺激後の起炎症性サイトカインの変動を観察したところ、野生型マクロファージでは LPS 刺激後一過性にサイトカインが増加しその後低下する一方で、xCT 欠損マクロファージでは炎症性サイトカインの増加が持続することがわかりました。この結果は、xCT を介した硫黄の取り込みが、炎症反応の「収束」に必要であることを示しています。
さらに、近年開発された超硫黄メタボローム解析技術を用いて、細胞内の硫黄代謝物の詳細なプロファイリングを行ったところ、LPS 刺激後に複数の超硫黄分子が増加することを見出しました。そこで、細胞内で超硫黄分子を増加させることが知られている化合物である NAC-S2 を xCT 欠損マクロファージに添加したところ、サイトカインの増加が抑制されることがわかりました。すなわち、xCT 欠損マクロファージで観察された炎症応答の遷延化は、超硫黄分子の減少が原因であり、xCT を介した硫黄の取り込みが、超硫黄産生を介して炎症反応を収束させていることを示しています。
今後の展開
本研究の結果から、マクロファージは、炎症刺激により活性化すると同時にxCT を介したシスチンの取り込みと、それに続く超硫黄分子の産生を増加させることで、活性化にブレーキをかける「ネガティブフィードバック機構」を備えていることが明らかになりました。
これは、超硫黄分子の産生をもたらす硫黄代謝が自然免疫制御の鍵を握ることを明らかにした画期的な報告です。マクロファージにおける硫黄代謝の促進は、炎症の緩和をもたらす有効な治療標的となることが期待されます。

図 1 マクロファージの異常な活性化は、さまざまな疾患の病態形成に関わる。
免疫細胞であるマクロファージは、ウイルスや細菌などの病原体や、ダメージを受けた体の組織などを引き金に活性化し、Il1, Il6, Il12 などのサイトカインの遺伝子発現を促進させる。このプロセスは病原体の排除や、傷ついた組織を除去して修復を促進するのに有用である。一方で、過剰な炎症応答は重症肺炎の原因となる他、慢性化すると関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの病態形成に関与する。

図 2. 活性化マクロファージでは、代謝産物のダイナミックな変動が起きる。
これまでの研究で、活性化マクロファージではダイナミックな代謝産物の変動が起きることが知られている。その代表例を示す。マクロファージが活性化すると、解糖系では、グルコースの代謝に関わる酵素の転写が活性化し、解糖系に依存したエネルギー(ATP)産生が活発に行われる。一方で、TCA サイクルの中間代謝産物からイタコン酸が生成され、ミトコンドリアの電子伝達系の酵素である SDH の活性を阻害する。その結果、ミトコンドリアでの ATP 産生が低下し、コハク酸や活性酸素種(ROS)が蓄積する。コハク酸や ROS は HIF1-1α の安定化を介して IL-1β の分泌を亢進させる。

図 3. 活性化したマクロファージは、超硫黄分子の産生を介して炎症反応を収束させる
本研究の概念図。LPS(リポポリサッカライド)を処理し細菌感染を模倣したマクロファージでは、炎症に関与する遺伝子(Il1, Il6, Il12 等)の転写が活性化する一方で、xCT の発現も亢進させ、細胞外から含硫アミノ酸であるシスチンを沢山取り込む。取り込まれたシスチンは、シスチン自身やその還元体であるシステインから超硫黄分子を産生することで、炎症に関与する遺伝子の活性化を終結させる内因性のネガティブフィードバック機構を形成する。
用語説明
注1. 代謝パスウェイ:代謝物が複数のタンパク質の働きによって変化していく一連の経
路。
注2. 超硫黄分子:硫黄原子が直列に連結した構造(硫黄カテネーション)を有する分子の
総称。システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどがある。
注3. リポポリサッカライド(LPS):細菌の表面の構成成分。マクロファージを活性化させ
るために用いる。
注4. 腹腔内マクロファージ: マウス腹腔内にチオグリコレート培地を注射後、腹腔内浸出液
から採取したマクロファージ。
注5. メタボローム解析:質量分析装置を用い、細胞内の代謝物の存在量を網羅的に調べる
手法。






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