健康を科学で紐解く シリーズ168 「FGF18がマクロファージを介して骨修復を増強するメカニズムを発見」
- nextmizai
- 2023年8月14日
- 読了時間: 7分
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
「FGF18がマクロファージを介して骨修復を増強するメカニズムを発見」
― 骨欠損の治療への応用に期待 ―
発表のポイント
1.FGF18※1の BMP2※2による骨修復促進作用が、M2 マクロファージに依存することを
つきとめました。
2.FGF18 は骨髄間質細胞に働きかけて、間接的に M2 マクロファージを誘導することが
分かりました。
3.FGF18 を用いた頭蓋骨欠損における新規治療法開発への応用が期待できます。
研究の概要
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子発生学分野の NAMANGKALAKUL Worachat(ナマンカラクルウォラチャット)大学院生(研究当時)、JIN Chengxue 大学院生、吉本由紀講師、井関祥子教授らの研究グループは、分子免疫学分野の永井重徳准教授、分子細胞機能学分野の中濵健一准教授、分子情報伝達学分野の中島友紀教授、東京理科大学、京都大学、順天堂大学との共同研究で、FGF18 の新たな機能として、間葉系細胞のケモカイン CCL2 産生を促して M2 マクロファージを誘導することで、骨修復を促進することをつきとめました。
研究の背景
Wnt や Notch を初めとし、線維芽細胞増殖因子(FGF)や骨形成タンパク質(BMP)は、骨の発生やリモデリング、骨修復の過程で協調して機能します。特に BMP2 は米国などで骨修復のためのゴールドスタンダードとされ、骨修復や骨増生における骨誘導因子として欠かせません。しかし、BMP2 だけで治療するには高容量を必要とし、また術後炎症などの副作用を引き起こす心配があるため、他の因子を組み合わせるなどの必要性が考えられます。その候補として、FGF ファミリーに属し、骨形成の正の制御因子として同定された FGF18 があります。研究グループはこれまでに、FGF18 が BMP2 の骨修復作用を増強することを示しましたが(Biomaterials2012)、その詳細なメカニズムは、未だにわかっていませんでした。
近年、炎症およびマクロファージ活性化の制御における FGF シグナル伝達経路の関与が明らかになりつつあります。マクロファージは、病原体を駆除し、組織の治癒を促進するために炎症の様々な局面に関与する免疫細胞です。さらには、骨を含む多くの組織において、組織修復、組織再生、恒常性の維持、免疫監視にもかかわっています。マクロファージには、極性を持たない M0 マクロファージのほか、機能面から大きくM1 マクロファージと M2 マクロファージに大別されますが、特に M2 マクロファージは炎症反応を抑える以外に、治癒を促進したり、修復を促したりする性質があることから、FGF18 の骨修復作用が M2 マクロファージを介する可能性があると考えました。
研究成果の概要
臨界サイズのマウス頭蓋冠欠損モデルで、BMP2 依存性の骨修復において、FGF18 が BMP2 の機能を増強するかを調べるため、これらの因子を含んだコレステリル基とアクリロイル基を有するプルラン(CHPOA)ナノ架橋(NanoClik)ハイドロゲル※3を 4 週齢のマウスの骨欠損部に埋め込みました(図1A)。
手術 5 日後に欠損部の骨縁と硬膜を回収して遺伝子発現を調べたところ、M2 マクロファージ関連遺伝子(CD206,Arg1,Ym1 など)の発現が、FGF18+BMP2 群のみで上昇していました(図1B)。
実際に、術後 7 日目の組織において、FGF18+BMP2 群で M2 マクロファージの浸潤が、他の群に比べて有意に増加していました(図1C)。

次に、本当にマクロファージが関与しているかを確かめるために、クロドロン酸リポソーム※4を投与して、1週間あるいは2週間マウス体内のマクロファージを除去し、頭蓋冠欠損モデルで骨修復の度合いを比較したところ、マクロファージ除去期間が長いほど、FGF18+BMP2 群での骨修復が抑制されました(図2A)。
また、術後4週間後において、BMP2 群と FGF18+BMP2 群の差がなくなったことから(図2B)、FGF18 による骨修復には、M2 マクロファージが関与している可能性が示されました。

そこで、M2 マクロファージ誘導への FGF18 の関与について骨髄細胞を用いて検討しました。骨髄細胞は、白血球(免疫系細胞)とそれらを支持する間葉系の骨髄間質細胞 (bone marrow stroma cell; BMSC) から構成されます。マウス骨髄細胞を取り出し、免疫系細胞を分離して M-CSF 含有培地で7日間培養すると、マクロファージの元となる細胞(前駆細胞)から M0 マクロファージに分化しますが、この時 IL-4 を添加すると極性が変化して M2 マクロファージが誘導されます。そこで IL-4 の代わりに FGF18 を添加しましたが、M2 マクロファージは誘導されず、FGF18 は直接 M2 マクロファージを誘導しないことがわかりました(図3A)。
一方、取り出した骨髄細胞を、FGF18 を添加して培養すると M2 マクロファージが誘導されました。そこで、骨髄細胞から BMSCを分離して、FGF18 を添加して 72 時間培養し、上清培地 (BM-CM) を得ました。この BM-CM で M0 マクロファージを培養したところ、M2 マクロファージ関連遺伝子発現の上昇とともに、M2 マクロファージが誘導されました(図3B)。
すなわち、FGF18 が BMSC に作用して発現する因子が、間接的に M2 マクロファージへの誘導を促進することがわかりました。

この BMSC から分泌される因子を同定するために、FGF18 処理した BMSC から RNA を抽出して、マイクロアレイ法によって網羅的に遺伝子発現を解析し、発現上昇した遺伝子群から候補因子を探索しました。その中で、マクロファージの活性化や骨形成、骨修復時の炎症に関わる CC ケモカインリガンド 2 (CC chemokineligand 2; CCL2) に着目しました。M0 マクロファージの培養に CCL2 を添加すると、M2 マクロファージ関連遺伝子の発現が上昇しました。逆に、抗 CCL2 中和抗体で前処理して BM-CM 中の CCL2 の活性をなくすと、BMCM による M2 マクロファージ関連遺伝子の発現が低下することから、CCL2 が FGF18 による M2 マクロファージ誘導に関与することが示されました。
最後に、骨修復に CCL2 が実際に関わっているかをマウスで確かめるため、CCL2 の受容体である CCR2(CC chemokine receptor 2; CCR2) を欠損するマウスで、頭蓋冠欠損修復実験を行いました。すると、FGF18+BMP2 群において、野生型マウスに比べて治癒率が低かったことから、 FGF18 による骨修復促進作用の一部は、CCL2/CCR2 シグナルを介していることが示されました(図4)。

研究成果の意義
研究グループは、FGF18 による BMSC の刺激が、CCL2 を含むケモカインの発現上昇を引き起こし、M2 マクロファージへの誘導過程に寄与することを明らかにしました。FGF18 添加による骨修復は、質と量ともにBMP2 単独投与よりも利点があることが以前の研究で示されており、これがマクロファージ活性化の制御によるものであることが示唆されました。
したがって、今回得られた知見は、骨組織工学において FGF18 の補助的利用の可能性を広げるものです。これは、頭蓋顔面骨欠損の治療として、臨床における新規戦略の開発に有望であると考えられます。
用語解説
※1Fibroblast Growth Factor 18 (FGF18)
線維芽細胞増殖因子(FGF)ファミリーに属し、骨や軟骨組織の発生・分化に関わる因子。
※2Bone Morphogenic Protein 2 (BMP2)
トランスフォーミング増殖因子ベータ(Transforming growth factor ß; TGFß)ファミリーに属し、骨形成誘導活性を有する骨形成因子。
※3ハイドロゲル
架橋結合された高分子による固体が水分を吸い込んで膨潤し、流動性がない形態(ゲル)となった物質の総称。
※4 クロドロン酸リポソーム
骨粗しょう症の治療に用いられるクロドロン酸をリポソーム化した製剤で、主に動物モデルでのマクロファージ枯渇実験に用いられる。生体に投与するとマクロファージによって貪食され、細胞内の ATP 代謝を阻害してマクロファージの細胞死を誘導する。






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