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健康を科学で紐解く シリーズ159 「難病 ALS における発症機序の一端を解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




難病 ALS における発症機序の一端を解明

〜TDP-43 タンパク質の単量体化が早期病態解明の鍵となる〜




発表のポイント


1.筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病変で TDP-43 タンパク質の生理的な二量体化・多量体化

 ※1が障害されて単量体化※1していることを発見。


2.神経系培養細胞や iPS 細胞※2由来運動ニューロンにおいて TDP-43 単量体化が

 ALS病態を再現。


3.TDP-43 の二量体化・多量体化を定量する新規測定法「TDP-DiLuc」を開発。


4.TDP-43 の単量体化が ALS の早期病態である可能性。


5.ALS における早期病態解明、バイオマーカーや新たな治療法の開発に期待。


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正常な運動ニューロンでは TDP-43 タンパク質は単量体と二量体・多量体の平衡状態にある(左)。ストレスが加わると、早期に TDP-43 が単量体化する(中)。TDP-43 の単量体化は、TDP-43 の核外への脱出やリン酸化を伴う凝集体形成などの ALS 患者の運動ニューロンでみられる特徴を引き起こす(右)。これらの TDP-43 の変化が、最終的には運動ニューロンの細胞死を誘発する。




要旨


 名古屋大学環境医学研究所病態神経科学分野の山中宏二 教授、大学院医学系研究科神経内科学の大岩康太郎 客員研究者(筆頭著者)、勝野雅央教授、愛知医科大学加齢医科学研究所神経 iPS 細胞研究部門/内科学講座(神経内科)の岡田洋平 教授らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症に関わるメカニズムとして、TDP-43 タンパク質の生理的な二量体化・多量体化※1が障害されて単量体化※1することが一因となっていることを解明しました。


 ALSは運動をつかさどる神経(運動ニューロン)の細胞死によって全身の筋肉がやせて筋力が低下し、発症から 2~5 年で死亡する最も重篤な神経変性疾患の1つです。TDP-43 というタンパク質は健常な運動ニューロンでは核に存在しますが、ALS 患者の運動ニューロンでは TDP-43 が核外の細胞質に脱出して凝集体を形成すること(TDP-43 病理)が特徴です。しかしながら、そのメカニズムはこれまでよく分かっていませんでした。

タンパク質の中には2つの分子、もしくはさらに多くの分子(単量体)同士が結合して二量体・多量体を形成するものがありますが、TDP-43 も通常は二量体・多量体として存在します。また、TDP-43 は複数のドメイン(部分構造)からなり、その中でも N 末端ドメインが二量体化・多量体化に重要です。この二量体化・多量体化は細胞内で TDP43 が正常に機能するために必要なことが知られていますが、ALS の病態にどのように関与しているのかは不明でした。


 本研究グループは ALS 患者の脳組織や脊髄組織を解析し、ALS の病変組織では TDP-43 の N 末端ドメインを介した二量体化・多量体化が低下して単量体化していることを発見しました。また、神経系の培養細胞や iPS 細胞※2由来の運動ニューロンにおいても TDP-43 の単量体化を誘発すると、ALS患者と同様の病態を再現することを確認しました。さらに、TDP-43 の二量体化・多量体化を簡便・迅速に定量評価できる測定技術「TDP-DiLuc」を開発して、TDP-43 の単量体化が ALS 病態の早期に起きている現象であることを見出しました。


本研究により、TDP-43 の単量体化が ALS の病態において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。これまで TDP-43 病理の上流メカニズムはほとんど未解明でしたが、TDP-43 の単量体化に着目することで、将来的に ALS における早期病態解明、早期バイオマーカーの発見や新たな治療法の開発につながることが期待されます。




背景


 ALS は運動ニューロンが選択的に障害を受ける進行性の神経変性疾患です。全身の筋肉が萎縮して筋力が低下していき、身体を動かすことが難しくなるだけでなく、発音や飲み込み、呼吸などもできなくなります。発症から 2~5 年で死亡する最も重篤な神経変性疾患の1つで、根本的な治療法も確立されていないため、早期の病態解明および治療法の開発が望まれています。


ALS 患者の大部分は遺伝歴がなく、孤発性 ALS と呼ばれますが、ほぼ全ての孤発性ALS 患者の脳や脊髄では「TDP-43 病理」と呼ばれる変化がみられ、診断マーカーとされています。TDP-43 病理とは、正常な運動ニューロンでは核内に存在する TDP-43 というタンパク質が、ALS 患者の運動ニューロンでは核外の細胞質に脱出して異常にリン酸化※3された凝集体を形成している状態を指します。また、孤発性 ALS だけでなく、家族性 ALS でも TDP-43 の遺伝子変異が原因として報告されています。これらの知見から、TDP-43 タンパク質の変化が ALS の病態において重要な役割を果たしていると考えられますが、なぜ TDP-43 がこのような変化をきたすのか、特にその上流メカニズムはほとんど解明されていません。

近年、TDP-43 が N 末端ドメインを介して二量体化・多量体化しており、RNA スプライシング※4などの TDP-43 の生理的機能において重要であることが報告されています。しかしながら、TDP-43 の二量体化・多量体化がどのように ALS 病態へ関与しているのかはこれまでよくわかっていませんでした。




研究成果


 はじめに、ALS 患者の病変組織で TDP-43 の二量体化・多量体化を2つの方法で評価しました。まず、架橋剤※5を用いた免疫ブロット法※6で評価を行いました。その結果、ALS 患者の脳組織及び脊髄組織では TDP-43 の二量体化・多量体化が低下して単量体化していることがわかりました(図1)。


次に、E2G6G という抗体を用いて ALS 患者の脊髄運動ニューロンを免疫染色法※7で評価しました。E2G6G 抗体は、単量体化した TDP43 の N 末端ドメインを特異的に認識して染色できる抗体として、本研究グループが同定したものです。正常な運動ニューロンの核内に存在する TDP-43 は E2G6G 抗体でほとんど染色されない一方で、ALS の運動ニューロン内の病的凝集体は強く染色されました(図2)。このことから、ALS の病的凝集体を構成する TDP-43 の N 末端ドメインが単量体化していることがわかりました。


次に、二量体化・多量体化ができないように遺伝子変異を加えた単量体変異体 TDP43 を、神経系培養細胞やヒト iPS 細胞由来運動ニューロンに遺伝子導入したところ、単量体変異体 TDP-43 は核外へ脱出する傾向がみられ、リン酸化を伴う凝集体を形成しました(図3)。これらの変化は、孤発性 ALS の運動ニューロンでみられる TDP-43 病理を再現していました。


最後に、研究グループは生細胞内で TDP-43 の二量体化・多量体化を簡便・迅速に定量評価できる測定技術「TDP-DiLuc」を開発しました。この技術を用いて、ALS の病態に関与していると考えられている様々なストレスを与えた細胞における TDP-43 の二量体化・多量体化を評価したところ、これら全てのストレス条件下で TDP-43 は単量体化していることが判明しました。この TDP-43 の単量体化は、RNA スプライシングに重要なGem※8と呼ばれる核内構造体の破綻と密接に関係していました。細胞モデルを用いてTDP-43 の経時的な変化を追跡したところ、これまで重要視されてきた TDP-43 病理(核外への脱出・リン酸化を伴う凝集体)が形成されるよりも早期に TDP-43が単量体化していることを見出しました。

以上から、TDP-43 の単量体化は ALS における TDP-43 病理を誘発する上流のメカニズムであると考えました。



図1 ALS 脳組織の免疫ブロット

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コントロールと ALS 患者の脳組織を架橋剤で処理した後に免疫ブロット法で解析した。コントロールの二量体バンド(青枠)と比較して、ALS 患者の二量体バンド(赤枠)は濃度が低下している(左パネル)。バンドの濃度を測定して二量体/単量体の比を比較すると、コントロールに比べて ALS で低下していた(右パネル)。



図2 ALS 脊髄運動ニューロンの免疫染色

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コントロール(正常)と ALS 患者の脊髄運動ニューロンを、単量体化した TDP-43 の N 末端ドメインを認識する E2G6G 抗体(緑)と、全ての TDP-43 を染色する 3H8 抗体(赤)で共染色した。正常な運動ニューロンの核内(青)に存在する TDP-43 は E2G6G 抗体では染色されないが(上段)、ALS 患者の運動ニューロン内の凝集体(矢頭)は E2G6G 抗体で強く染色される(下段)。N 末端ドメインが単量体化した TDP-43 が ALS における病的凝集体を構成していることを示唆する。赤紫色(重ね合わせ画像内)は運動ニューロンのマーカー(ChAT)による染色像。スケールバーは 10µm。



図3 単量体変異型 TDP-43 は ALS 運動ニューロンの特徴を再現する

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神経系培養細胞に TDP-43 遺伝子を導入して免疫染色を行った。TDP-43 を緑で示す。変異をもたない野生型 TDP-43 は核内(青)に存在するが(上段)、単量体変異体 TDP-43 は核外への局在異常やリン酸化(赤)を伴う凝集体形成(矢頭)などの ALS 運動ニューロンにおける病的特徴を再現した(下段)。スケールバーは 10µm。




今後の展開


 本研究により、TDP-43 の単量体化が ALS の早期病態において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。これまで TDP-43 病理の上流メカニズムはほとんど未解明でしたが、TDP-43 の単量体化に着目することで、将来的に ALS における早期病態解明、早期バイオマーカーの発見につながることが期待されます。


また、今回開発した TDP-DiLuc を薬剤スクリーニングに応用することで、ALS の創薬研究につなげていきたいと考えています。




用語説明


※1 単量体(化)・二量体(化)・多量体(化)


2つのタンパク質が物理的・化学的な力で結合した複合体を二量体、さらに多くの分子の複合体を多量体という。複合体を形成していないタンパク質を単量体という。


※2 iPS 細胞


人工多能性幹細胞。皮膚や血液などの細胞に遺伝子を導入することにより、ES 細胞と同様に体を構成する全ての種類の細胞に分化することが可能になった細胞。


※3 リン酸化


タンパク質の翻訳後修飾の1つ。ALS 患者の神経細胞に蓄積した異常な TDP-43 はリン酸化されている。


※4 RNA スプライシング


細胞内では DNA を鋳型にして同じ配列の RNA が合成され、RNA をもとにタンパク質が作られる。合成された RNA の一部が除去されることを RNA スプライシングという。正常な細胞内で、TDP-43 は RNA スプライシングにおける重要な機能を果たしている。


※5 架橋剤


複合体を形成しているタンパク質同士を結合する化合物。


※6 免疫ブロット法


ウェスタンブロット法ともいう。ゲル電気泳動でタンパク質を分離、膜に転写したあとで、ゲル中のタンパク質を認識する抗体を用いて検出する実験方法。


※7 免疫染色法


特定のタンパク質を認識する抗体を用いて、そのタンパク質を可視化して顕微鏡で観察する実験手法。


※8 Gem


核内構造体の1つ。RNA スプライシングに関与している。ALS 運動ニューロンでは Gemが減少している。した。

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