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健康を科学で紐解く シリーズ110 「小脳と大脳基底核のもつ時間情報の違いが明らかに」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




小脳と大脳基底核のもつ時間情報の違いが明らかに

~リズム感を生みだす脳内機構~



概要


 北海道大学大学院医学研究院の亀田将史助教と田中真樹教授(脳科学研究教育センター兼務)らの研究グループは、リズム感を生み出す脳のしくみを明らかにしました。


音楽を聴いていると身体の一部が動いてしまうことがあるように、リズム知覚と同期運動は脳の中でリンクしています。実際、リズムを感じているときは身体を動かしていなくても、感覚野とともに高次の運動野や小脳、大脳基底核に活動の上昇が見られます。このことから、リズムを感じているときには、脳内に周期的な感覚予測と周期的な運動準備の、少なくとも2種類の情報があると考えられます。


本研究では、サルがリズムを知覚している際に、小脳と大脳基底核がもつ情報を細胞ごとに調べました。その結果、小脳は感覚、大脳基底核は運動の情報をより強くもっていることが分かりました。小脳は周期的な外界の出来事の「内部モデル*1」を脳内に生成し、大脳基底核はこれに基づいた運動準備に関与すると考えられます。


小脳や大脳基底核が障害されると、歩行やタッピングなどの周期的でリズミカルな運動が困難になりますが、その神経機構は明らかではありません。これらの脳部位で行われている情報処理を理解することで、その原因と効果的な対処法がみつかるものと期待されます。


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本研究の概念図




背景


 時間の感覚は身近なものですが、そのための受容器はなく、すべて脳で情報が作られます。時間をありありと意識できる現象に「リズム感」があります。音楽のビート、ネオンの点滅、列車の振動など、様々な周期的なものに対して、ヒトはリズムを感じることができます。リズムを感じているとき、脳内には繰り返されるパターンに対する「内部モデル」が作られていると考えられます。聞き慣れた曲のテンポの乱れにすぐ気づくのも、歌に合わせて時間遅れなく手拍子できるのも、内部モデルによって次の出来事のタイミングを正確に予測しているためと考えられます。


その脳内機構についてはこれまで多くの研究があり、リズムを感じているときには大脳の感覚野だけではなく、補足運動野*2や小脳、大脳基底核といった、身体を動かすことに関わる部分も活動することが知られています。実際、音楽を聴くとリズムに合わせて身体の一部が動いてしまうことがよくありますが、リズム知覚と運動は脳の中でリンクしていると考えられます。リズムを感じているとき、脳内には感覚入力を予測する内部モデルと、リズムに合わせて運動するための準備信号の少なくとも2 種類の情報があると考えられます。




研究手法


 今回、研究グループは、小脳と大脳基底核がそれぞれどのような情報をもっているのか、サルを使って調べました。視覚刺激を一定の周期でフラッシュさせ、それが急に一拍抜けると眼を動かして報告するようにサルを訓練しました(図1)。


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図1.行動課題と 4 つの条件での視覚刺激の配置。


現れるはずの刺激が「無い」ことを検出するためには、刺激のタイミングを正確に予測しておく必要があります。繰り返し刺激と眼球運動の標的をそれぞれ左右に配置して、全部で4通りの組み合わせでこの課題を行わせ、そのときの神経活動を調べました。神経活動は先行研究(亀田ら、eLife、2019; 大前ら、J Neurosci、2013)でリズム知覚に関係することが分かっている小脳歯状核*3と大脳基底核の一部である尾状核*4から記録しました。




研究成果


 先行研究の通り、これらの場所には繰り返し刺激に同調した活動を示す神経細胞(ニューロン)が多数見つかりました(図2A)。多くのニューロンでは 4 つの条件すべてで周期的な活動が見られましたが、その振幅の 3 割程度は視覚刺激の位置に依存しており、小脳では繰り返し刺激の位置、大脳基底核では眼球運動の標的の位置によって変化するものが多いことが分かりました(図2B)。

このことは、リズムを感じている最中には、小脳は感覚入力のタイミングを予測する内部モデルに関与し、大脳基底核は自動的に生成される運動準備に主に関与することを示唆しています。


これまで、MRI を使った脳機能画像研究や脳に損傷のある患者さんの行動解析から、小脳と大脳基底核は共にリズム知覚やリズミカルな運動の制御に関与していることが知られていましたが、両部位の機能の違いは明らかにされていませんでした。

今回の研究では、多くのニューロンがすべての条件で周期的な活動を示したことから、これらの脳部位には刺激条件によらないリズムの表象があると考えられますが、感覚予測からそれに基づいた運動準備への情報の流れの中で、小脳は上流、大脳基底核は下流に位置していると考えられます。


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図2.A)4 条件での小脳ニューロンと大脳基底核ニューロンの活動の例。

   それぞれ、繰り返し刺激の位置(感覚方向)と標的の位置(運動方向)によって活動の

   大きさが変化している。

  B)個々のニューロンの感覚成分、運動成分の大きさの比較。




研究のポイント


1.リズムを知覚しているときの脳深部の神経情報を解析。


2.小脳は感覚予測、大脳基底核は運動準備の信号を強くもつことが判明。


3.これらの脳部位の損傷による運動・知覚障害の病態理解と、対処法の開発に繋がることに

 期待。




今後への期待


 小脳と大脳基底核はともに大脳皮質と双方向性の連絡があり、それぞれループ回路を構成していることが知られています。今回、リズム知覚の際にそれぞれが感覚予測と運動準備の情報をもっていることが明らかになりましたが、感覚から運動への情報変換がどこでどのようにして行われているのか大きな謎です。


また、小脳が外界の内部モデルの生成に関与することが示唆されましたが、そのメカニズムを明らかにするには、今回解析した小脳核の上流にある小脳皮質の情報を調べる必要があります。小脳や大脳基底核が障害されると歩行やタッピングなどの周期的でリズミカルな運動が困難になりますが、その神経機構は明らかではありません。これらの脳部位で行われている情報処理を理解することで、その原因と効果的な対処法がみつかるものと期待されます。




用語解説


*1 内部モデル …

  学習によって外界を脳内に再現し、予測やシミュレーションを行う機能。


*2 補足運動野 …

  前頭葉の背内側部にある運動関連領野。一次運動野の前方に位置し、かつては二次運動

  野とも呼ばれていた。


*3 小脳歯状核 …

  小脳半球の情報を集めて出力する神経核(神経細胞の集まり)で、霊長類でとくによく

  発達している。


*4 尾状核 …

  大脳基底核の入力部で大脳の深部にある大きな神経核。被殻と合わせて線条体とも

  よばれる。

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