top of page

健康を科学で紐解く シリーズ104 「他人を記憶する脳が作られる仕組みを発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




他人を記憶する脳が作られる仕組みを発見!




 金沢大学医薬保健研究域医学系神経解剖学の服部剛志准教授,堀修教授,子どものこころの発達研究センターのスタニスラフシェレパノフ 博士,東田陽博 金沢大学名誉教授らの共同研究グループは,他人を記憶する脳がどのように発達するのかを明らかにしました。


ヒトを含めた社会を形成する動物は,集団内の他個体を記憶(社会性記憶)し,それぞれの相手に対して適切に振る舞うことで適応的な社会を形成しています。自閉スペクトラム症などの脳の発達障害においては,この社会性記憶の神経回路に異常があると考えられています。


最近,この社会性記憶を担う脳の場所や神経回路の種類など,その神経メカニズムが明らかになりつつあります。しかしながら,そのような社会性記憶を担う神経回路が脳の発達の過程でどのように作られるのかについての詳細は,分かっていませんでした。

今回,本研究グループは幼少期のグリア細胞(※1)が他人を記憶する脳の形成に重要であることを明らかにしました。本研究をさらに発展させることにより,社会性を担う脳の仕組みが明らかになるだけでなく,自閉スペクトラム症(※2)などの社会性障害が見られる脳神経疾患の原因究明につながることが期待されます。




研究の背景


 社会性は,ヒトをはじめとする社会を形成する動物において,他の個体と関わる活動であり,生存,健康,生殖に欠かせません。その社会性において,動物は他個体を記憶し,それぞれの相手に対して適切に振る舞うことで適応的な社会を形成しています。ヒトや動物は過去の他個体についての記憶を思い出し,適切な社会的行動を行い,新たな個体との出会いにより,さらに記憶をアップデートしていく必要があります。この他個体に対する記憶を社会性記憶と呼びます。自閉スペクトラム症などの精神疾患においては,この社会性記憶に問題があると考えられています。


最近,脳の中でも海馬や大脳皮質といわれる場所が,この社会性記憶にとって重要な部位であることが分かってきました。これらの場所に,社会性記憶にとって重要な神経回路が存在し,脳の他の部位と連携しながらその機能を果たしていると考えられています。しかしながら,このような社会性記憶をつかさどる脳の神経回路が,発達の過程でどのように作られるのかについては,あまり研究が進んでいませんでした。


一方,グリア細胞の一種であるアストロサイト(※3)は,神経細胞への栄養の供給,神経回路の形成,脳内の炎症の制御など多様な機能を持ち,最近では,認知機能や情動にも関係するなど,重要な脳機能に関連することが分かってきています。


今回,本研究グループは,マウスの脳においてアストロサイトのみの遺伝子操作を行い,そのマウスの社会性行動や神経回路を評価することにより,アストロサイトと社会性との関連を明らかにできるのではないかと考えました。




研究成果の概要


 今回,研究グループは,発達期のアストロサイトにある CD38(※4)という分子が,社会性記憶を担う神経回路の形成を制御する仕組みを明らかにしました。具体的には以下の点を明らかにしました。


1) 生後のアストロサイトが社会性記憶を制御していることが分かりました。


生後のアストロサイトの CD38 遺伝子を欠損させたマウスが,大人になった時の社会性行動を調べました。その結果,他のマウスへの興味は正常なのですが,他のマウスを記憶する能力に異常があることが分かりました。一方,大人のマウスのアストロサイトにおいて CD38 を欠損させても,他のマウスを記憶する能力は正常でした。この結果より,発達期のアストロサイトにある CD38 という遺伝子が社会性記憶に重要であることが分かりました。


2) 生後のアストロサイトが社会性記憶の神経回路を形成していることが分かりました。


上記と同様に,生後のアストロサイトの CD38 遺伝子を欠損させたマウスにおいて,社会性記憶にとって重要な脳の場所である大脳皮質と海馬の神経細胞を観察しました。その結果,神経細胞同士の結合(シナプス)の数が減少していることが分かりました。この結果より,発達期のアストロサイトにある CD38 が,社会性記憶の神経回路の形成に関与している可能性を見出だしました。


3) アストロサイトが神経回路の形成を制御するメカニズムが分かりました。


アストロサイトがどのようにして社会性記憶の神経回路を制御しているかを調べるために,CD38 遺伝子を持つアストロサイトと持たないアストロサイト,それぞれの細胞から放出される分子の解析を行いました。その結果,CD38 遺伝子を持たないアストロサイトでは,シナプスの形成を促す物質である SPARCL1(※5)の放出が減少していることを見出しました。つまり,アストロサイトはその細胞からSPARCL1 を神経細胞に与えることにより,シナプス形成を促し,社会性記憶の神経回路が作られることが分かりました。




今後の展開


 今回,本研究グループはアストロサイトの遺伝子だけを操作することにより,アストロサイトが,社会性記憶をつかさどる脳の形成に重要であることを明らかにしました。これまでは,社会性における神経細胞の役割については,研究が多く行われてきましたが,アストロサイトをはじめとするグリア細胞の役割についての研究は少なく,本研究は世界に先駆けた研究成果です。

今後は,社会性や高次機能におけるグリア細胞の役割は,非常に注目されている研究領域となると考えられます。


また,アストロサイトは自閉スペクトラム症などの発達障害,アルツハイマー病などの神経変性疾患に関与することが知られています。本研究を発展させることにより,自閉症などの脳神経疾患の原因解明や治療法の開発につながることが期待されます。


ree

図1 本研究の内容:アストロサイトが社会性記憶の神経回路形成に重要な役割を果たしま

  す。


①CD38 はアストロサイトに多く存在し,

②CD38 はアストロサイトからの SPARCL1 の放出を促進します。

③SPARCL1 により神経細胞同士の結合(シナプス)の形成が促進され,その結果,

④社会性記憶の神経回路が形成され,⑤大人のマウスは他の個体を記憶することができるよ

 うになります。




用語解説


※1 グリア細胞

  脳に存在する細胞で,3 種類(アストロサイト,ミクログリア,オリゴデンドロサイト)に

  分類される。


※2 自閉スペクトラム症

  自閉症を含む,コミュニケーションの障害,限定された興味などを特徴とする脳の発達障

  害の一つ。多くの遺伝的要因が関与しており,その数は人口の1%以上に及ぶと言われて

  いる。


※3 アストロサイト

  グリア細胞の一種。他の細胞と連絡することにより,神経細胞への栄養供給,脳内の環境

   維持,神経伝達の制御,神経炎症の制御などの役割を持つ。


※4 CD38

  神経細胞からのオキシトシンの分泌を調節し,社会性に関係する分子。脳の発達期にお

  いてはアストロサイトに最も多く存在し,アストロサイトの発達や活性化を調節する。


※5 SPARCL1

  アストロサイトで産生され,細胞から放出された SPARCL1 は神経細胞に作用し,シナ

  プスの形成を促進する。

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page