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健康を科学で紐解く シリーズ100 「高血糖によりインスリン分泌が悪くなるメカニズムを解明」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。




高血糖によりインスリン分泌が悪くなるメカニズムを解明

~鍵は酸素不足で増える BHLHE40~




研究の概要


 熊本大学大学院生命科学研究部の津山友徳助教及び山縣和也教授らの研究グループは、高血糖状態が持続することで膵β細胞からのインスリン分泌が悪くなるメカニズムを明らかにしました。


慢性的な高血糖(糖尿病※ 1)状態では膵β細胞の生存やインスリン分泌機能が障害され(「膵β細胞糖毒性」という)、糖尿病が悪化することが知られていますが、そのメカニズムはほとんど明らかにされていません。

本研究グループは、慢性高血糖状態では膵β細胞内が酸素不足(低酸素)状態に陥りインスリン分泌が悪くなることをこれまでに明らかにしていましたが、どのようにしてインスリン分泌が障害されているのかについてのメカニズムは不明でした。


 そこで本研究グループは、全ての遺伝子の発現※ 2状態を網羅的に調べる実験手法を用いて、膵β細胞において低酸素刺激に応答して発現変動する遺伝子を探索した結果、低酸素下の膵β細胞ではBHLHE40※ 3 という遺伝子の発現が顕著に増加していることを見出しました。次にBHLHE40の働きを検討した結果、BHLHE40はインスリン分泌に必須なMAFA※ 4という遺伝子の発現を抑えることでインスリン分泌を低下させる働きがあることが明らかになりました。さらに糖尿病マウスの膵β細胞からBHLHE40を無くすことでインスリンの分泌が増加し全身性の糖代謝が改善することを確認しました。これらのことは、膵β細胞における糖毒性メカニズムの一端としてBHLHE40による低酸素応答が重要な役割を果たしていることを明らかにしたものであり、糖尿病の新たな予防法・治療法開発につながることが期待されます。


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研究の背景


 膵β細胞は血糖降下作用をもつホルモンであるインスリンを分泌する細胞であり、血糖調節において重要な役割を果たしています。膵β細胞のインスリン分泌機能が障害されると糖尿病の発症・増悪につながります。様々なストレスがインスリン分泌を障害する原因となることが報告されており、その代表例として高血糖状態が持続することで惹き起こされる糖毒性が挙げられます。


本研究グループは、慢性高血糖状態では膵β細胞内が酸素不足(低酸素)状態に陥りインスリン分泌が悪くなることをこれまでに明らかにしてきました。このことから、膵β細胞における糖毒性メカニズムの一端として低酸素に起因するインスリン分泌障害が関与しているものと考えることができますが、そのメカニズムについては不明でした。




研究の内容・成果


1.膵β細胞における低酸素応答因子の探索

まず、全ての遺伝子の発現状態を網羅的に調べる実験手法を用いて、膵β細胞に低酸素刺激を与えた場合に発現状態が変動する遺伝子を探索しました。その結果、低酸素下の膵β細胞ではBHLHE40という遺伝子の発現が顕著に増加していることを見出しました。膵β細胞におけるBHLHE40の発現増加は糖尿病のマウスにおいても確認することができました。低酸素以外のストレス刺激を与えた場合にはBHLHE40の発現増加は認められませんでした。これらのことから、BHLHE40は糖尿病下の膵β細胞において低酸素刺激に特異的に応答して増加していることが示唆されました。

2.膵β細胞におけるBHLHE40の役割の解明

次に膵β細胞におけるBHLHE40の働きを検討しました。その結果、BHLHE40は低酸素刺激下の膵β細胞においてインスリン分泌を抑制していることが分かりました。さらにそのメカニズムを検討した結果、BHLHE40はインスリン分泌に必須なMAFA遺伝子の発現を抑えることで、インスリン分泌を低下させていることが分かりました。

3.膵β細胞におけるBHLHE40が糖尿病病態に及ぼす影響

上記で明らかにしたメカニズムが実際の糖尿病の病態においても有意な影響を及ぼしていることを明らかにするために、膵β細胞からBHLHE40を無くした糖尿病モデルマウスを作出しました。その結果、BHLHE40を欠損させることで糖尿病マウスにおけるMAFA発現が回復し、インスリン分泌が増加していることが分かりました。さらにこれらの結果と対応して全身性の糖代謝が改善していることが分かりました。




研究成果のポイント


1.インスリン分泌細胞である膵β細胞は、慢性的な高血糖状態(糖尿病)に曝されると細胞内

 が酸素不足(低酸素)状態に陥りBHLHE40が増加することを見出しました。


2.BHLHE40はインスリン分泌に必須なMAFA遺伝子の発現を抑えることでインスリン

 分泌低下を招くことを明らかにしました。


3.本研究成果は、膵β細胞の低酸素応答メカニズムに立脚した糖尿病の新たな予防法・治療

 法開発につながることが期待されます。




社会的意義と展開

 

 我が国における糖尿病患者数は1,000万人に到達しており、今後もさらなる患者数の増大が懸念されています。本研究で得られた知見により、糖毒性により膵β細胞のインスリン分泌機能が障害される原因の一つとして、低酸素ストレスが関与していることが明らかになりました。


このことは、膵β細胞の低酸素応答メカニズムに立脚した糖尿病の新たな予防法・治療法開発につながることを期待させるものであり、今後の研究において膵β細胞の低酸素応答のさらなる理解と制御法開発に取り組みたいと考えています。




用語解説


※1 糖尿病:

インスリンが十分に働かないために高血糖状態が慢性的に続く病気。その原因として、肝臓や骨格筋などのインスリンが作用する組織においてインスリンが効きにくくなることと、

膵β細胞からのインスリン分泌が低下することが挙げられる。本研究では後者が起こるメカニズムの一端に関して提唱している。


※2 遺伝子発現:

遺伝子の情報が細胞における構造や機能に変換される過程をいう。通常は DNA から必要な情報を RNA に写し取り(「転写」という)、それをもとにタンパク質が合成されることを指す。


※3 BHLHE40:

様々な細胞種において転写を抑制する働きがあることが報告されている遺伝子の1つ。

膵β細胞におけるこの遺伝子の働きについてはこれまで全く研究されていない。


※4 MAFA:

膵β細胞特異的に発現し、インスリン合成やインスリン分泌が正常に行われるために必須な遺伝子であり、糖尿病下の膵β細胞では顕著に発現が低下していることが知られている。




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