「遺伝子発現を抑制する染色体構造が親細胞から娘細胞へと安定に受け継がれるメカニズム」-No.449
- nextmizai
- 2024年11月16日
- 読了時間: 8分
遺伝子発現を抑制する染色体構造が
親細胞から娘細胞へと安定に受け継がれるメカニズムを解明
関西学院大学生命環境学部 田中克典教授らは、島根大学医学部生命科学講座 川上慶助教(研究当時︓関西学院大学生命環境学部 助教)と共同で、遺伝子発現を抑制する染色体構造が、親細胞から娘細胞へと安定に受け継がれるメカニズムを解明しました。
研究成果のポイント
1.分裂酵母の細胞の中で、遺伝子の発現が抑制される染色体構造(ヘテロクロマチン)が構築
された後、その構造が親細胞から娘細胞へと受け継がれる様子をモニターできる実験系を
作製。
2.親細胞のヘテロクロマチンを安定に維持し、娘細胞に継承するために必要な遺伝子を 57
個同定。
3.そのうちの一つ、DNA 複製チェックポイント因子である Mrc1 が、ヒストン脱アセチル
化酵素 Clr3 を呼び込み、ヘテロクロマチン構造の安定な維持・継承を促進することを解
明。
研究の背景
私たちの身体中の細胞は元々一つの受精卵から発生するため、個々の細胞が同じゲノム DNA を持ちます。しかし、組織ごとに細胞の形や働きは様々です。なぜ同一のゲノム DNA を持つ細胞が異なる個性を持つのでしょうか。これまでに世界中で行われてきた研究から、これらの個性は、個々の遺伝子の活性の ON と OFF を調節することで生み出されることが分かってきました。このような遺伝子発現の調節は、遺伝子を取り巻く染色体の構造を巧みに操ることで行われています。遺伝子発現が活性化された染色体の構造はユークロマチンと呼ばれ、ヒストン H3 の 9 番目と 14 番目のリジンのアセチル化(H3K9,14ac)が重要な役割を持ちます。一方、遺伝子発現が抑制された構造はヘテロクロマチンと呼ばれ、ヒストン H3K14 の脱アセチル化や、H3K9のメチル化(H3K9me)が重要です。しかし、一旦遺伝子発現が ON あるいは OFF に調節された後、ヒストン修飾などのエピジェネティックな状態がどのように個々の細胞に記憶され(細胞記憶)、細胞分裂を経ても安定に娘細胞へと継承されるのか、その詳細は分かっていませんでした。
研究の内容と成果
細胞記憶とその継承のメカニズムについて、本研究では、単細胞生物である分裂酵母をモデル系に用いて研究を行いました。酵母は細胞分裂を繰り返して自己を増やします。これらの増殖した酵母は互いに同じゲノム DNA を持っています(これらの細胞は互いにクローンと呼ばれます)。分裂酵母でよく使用されるレポーター遺伝子に ade6 遺伝子があります。ade6 の発現が OFF の細胞は、アデニンの欠乏した培地上で赤いコロニーを形成します。一方、ade6 の発現が ON の細胞は白いコロニーを形成します。今回、我々は、分裂酵母の染色体末端付近にあるサブテロメアと呼ばれる領域に ade6 遺伝子を挿入し、その遺伝子発現の状態をコロニーの色(赤か白)で解析しました。すると、興味深いことに、サブテロメアに挿入したade6 遺伝子の発現は、ON になったり OFF になったりと、クローン間に個性があることが分かりました(図1A)。ade6 遺伝子の周辺がヘテロクロマチン状態になったり、ユークロマチン状態になったりと、エピジェネティックな状態に多様性があると考えられます。面白いことに、赤と白のコロニーをさらに継代してみると、赤いコロニーからは赤いコロニーが、白いコロニーからは白いコロニーが生じることが分かりました(図1B)。
つまり、ade6 遺伝子の発現の状態(ON か OFF)は細胞に記憶され、細胞分裂を経ても娘細胞に継承されたのです。この実験系を用いることで、細胞記憶の状態を赤、白のコロニーで簡単に判別できるようになりました。

図1︓細胞記憶の状態をコロニーの色でモニターできる実験系の作製 Kawakami et al., 2024 Genes toCells Fig.1 より改変の後、転載 (1)。
(A) サブテロメアに ade6 遺伝子を挿入した分裂酵母のコロニー。細胞(コロニー)ごとに、ade6 遺伝子 の 発 現 状 態 に 多 様 性 が あ る ( 赤 い コ ロ ニ ー はade6 遺伝子が OFF のヘテロクロマチン状態、白いコロニーは ade6 遺伝子が ON のユークロマチン状態を反映)。
(B) 赤いコロニーを継代すると、ほとんどのコロニーが赤くなる。一方、白いコロニーを継代するとほとんどのコロニーが白くなる。このことから、細胞は自身の遺伝子発現パターン(ヘテロクロマチン、ユークロマチンの状態)を記憶し、娘細胞へと継承することが分かった。
私たちは、ade6 のヘテロクロマチン状態を示す赤いコロニー(ade6 OFF)が記憶できず、コロニーが白くなってしまう(ade6 ON)変異体を分裂酵母の遺伝子破壊株ライブラリー約 3,400 株の中から探索し、57個の変異体を同定することに成功しました。これら 57 個の遺伝子は、ヒストン修飾、DNA 複製、RNA 転写、核内構造、タンパク質の翻訳・翻訳後修飾・分解などに関わる因子をコードしていました。この結果は、遺伝子発現の細胞記憶に、多岐にわたる核内制御プロセスが関与していることを意味しています。重要なことに、分裂酵母で発見されたこれらの原因遺伝子の多くは、ヒトにも存在する遺伝子でした。
これらの因子の中で、今回私たちは Mrc1 に着目しました。Mrc1 は DNA 複製の際に、DNA 情報の正確な複製を監視するタンパク質です。mrc1 遺伝子を欠損させると、赤いコロニーが維持できず、白いコロニーになることが分かりました (図 2A)。この時、染色体上ではヒストン H3K14 のアセチル化の程度- 3 -が上昇し、H3K9 のメチル化の程度が低下することが分かりました (図 2A)。mrc1 変異体では、ヘテロクロマCells Fig.1 より改変の後、転載 (1)。(A) サブテロメアに ade6 遺伝子を挿入した分裂酵母のコロニー。細胞(コロニー)ごとに、ade6 遺伝子 の 発 現 状 態 に 多 様 性 が あ る ( 赤 い コ ロ ニ ー はade6 遺伝子が OFF のヘテロクロマチン状態、白いコロニーは ade6 遺伝子が ON のユークロマチン状態を反映)。(B) 赤いコロニーを継代すると、ほとんどのコロニーが赤くなる。一方、白いコロニーを継代するとほとんどのコロニーが白くなる。このことから、細胞は自身の遺伝子発現パターン(ヘテロクロマチン、ユークロマチンの状態)を記憶し、娘細胞へと継承することが分かった。私たちは、ade6 のヘテロクロマチン状態を示す赤いコロニー(ade6 OFF)が記憶できず、コロニーが白くなってしまう(ade6 ON)変異体を分裂酵母の遺伝子破壊株ライブラリー約 3,400 株の中から探索し、57個の変異体を同定することに成功しました。これら 57 個の遺伝子は、ヒストン修飾、DNA 複製、RNA 転写、核内構造、タンパク質の翻訳・翻訳後修飾・分解などに関わる因子をコードしていました。この結果は、遺伝子発現の細胞記憶に、多岐にわたる核内制御プロセスが関与していることを意味しています。重要なことに、分裂酵母で発見されたこれらの原因遺伝子の多くは、ヒトにも存在する遺伝子でした。これらの因子の中で、今回私たちは Mrc1 に着目しました。Mrc1 は DNA 複製の際に、DNA 情報の正確な複製を監視するタンパク質です (参考文献 2)。mrc1 遺伝子を欠損させると、赤いコロニーが維持できず、白いコロニーになることが分かりました (図 2A)。この時、染色体上ではヒストン H3K14 のアセチル化の程度- 3 -が上昇し、H3K9 のメチル化の程度が低下することが分かりました (図 2A)。mrc1 変異体では、ヘテロクロマチン構造が保たれずユークロマチン化し、RNA polymerase II による転写が活性化することが分かりました(図 2A)。さらなる解析の結果、Mrc1 が H3K14 のヒストン脱アセチル化酵素 Clr3 を含む複合体を呼び込むことで、H3K14 の脱アセチル化状態を促進することが分かりました(図 2B)。細胞記憶を維持するためには、DNA 複製の際、細胞は DNA のみならず、それを取り巻くエピジェネティックな環境も正確に複製する必要があります。Mrc1 は DNA 複製の際に、DNA の正常な複製を監視しつつ、DNA 周辺のエピジェネティックな状態の継承にも貢献していたのです (図 2B)。

図2︓Mrc1 はヘテロクロマチンの安定な維持・継承を促進する
Kawakami et al., 2024 Genes to CellsFig.3 より改変の後、転載 (1)。
(A) 野生体(上図)では、赤いコロニーが安定に継代される。この際、ade6 遺伝子の周辺の染色体ではヒストン H3K14 のアセチル基が Clr3 により脱アセチル化され、Clr4 により H3K9 のメチル化が起こり、RNA polymerase II による転写が抑制される。mrc1 変異体(下図)では、赤いコロニーが維持できず、白いコロニーに変化する。この際、Clr3 が呼び込まれず、H3K14 のアセチル化の程度が上昇し、H3K9me の程度も低下する。その結果、RNA polymerase II による転写が起こる。
(B) Mrc1 は DNA 複製フォーク上で機能し、DNA の正常な複製を監視しつつ、H3K14 の脱アセチル化を介して、ヘテロクロマチンの安定な維持・継承を促進する。
実は、Mrc1 は DNA の複製の進行状態を監視する仲介因子(Mediator of DNA replicationcheckpoint)として、2001 年に私たち自身が発見・命名した遺伝子でした。それから 20年以上の歳月が経った今、ヘテロクロマチン構造を親から娘細胞へと受け渡す、細胞記憶の仲介因子(Mediator of repressive chromatin state) として、再会を果たしました。酵母を用いた実験系の強みを活かした、先入観のない遺伝学的アプローチによって、1つの遺伝子について異なる生命現象への関連を示すに至りました。
今後の展望
本研究では、Mrc1 の他にも、多くの遺伝子が細胞記憶に関わる遺伝子として同定されました。今後は、これら一つひとつの遺伝子がどのように遺伝子発現を制御し、細胞の個性獲得、個性維持に寄与するかを明らかにすることが、重要であると考えられます。
また、今回同定した遺伝子の多くがヒトにも保存されていることから、高等生物における細胞記憶の制御機構解明にも、手がかりを与えることが期待されます。
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