top of page

「特発性大腿骨頭壊死症の新たなメカニズムを解明」-No.313




特発性大腿骨頭壊死症の新たなメカニズムを解明

~阻血性骨壊死における細胞老化を標的とした新たな治療アプローチの可能性~




ポイント


1.特発性大腿骨頭壊死症は、大腿骨頭の血流低下による阻血(*1)性骨壊死のために股関節

 機能が失われる難病です。


2.本研究グループは今回の研究で、特発性大腿骨頭壊死症と細胞老化(*2)の関与を明らかに

 しました。


3.大腿骨頭の壊死層のみならず、修復移行層においても老化細胞の蓄積と SASP(細胞老化

 随伴分泌現象)(*3)が発生していることが分かりました。


4.阻血性骨壊死モデルにおいて、間葉系幹細胞培養上清液の投与により細胞老化を抑制し、

 骨の圧潰を予防することが示されました。


5.特発性大腿骨頭壊死症における細胞老化を標的とした新たな治療法が期待されます。



ree



要旨


 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科整形外科学の岡本 昌典医員(研究当時)、中島 宏彰 准教授、今釜 史郎 教授、同研究科顎顔面外科学の日比 英晴 教授、同大学医学部附属病院歯科口腔外科の酒井 陽 助教らの研究グループは、特発性大腿骨頭壊死症に細胞老化が関与していることを新たに発見しました。


特発性大腿骨頭壊死症は、大腿骨の骨頭部の血流の低下により壊死に陥り、壊死した骨組織が潰れることで股関節機能が失われる難治性疾患です。その原因は明確ではありません。


本研究グループは、大腿骨頭壊死症患者から手術時に摘出した骨頭の分析を行うことで、骨頭内部の健常層と壊死層の間の移行層に老化細胞の蓄積していることを明らかにしました。さらに老化細胞が炎症を引き起こす様々な因子を放出する SASP と呼ばれる現象を引き起こし、大腿骨頭壊死症の移行層にこの SASP 因子が存在することを認めました。阻血性骨壊死マウスモデルを用いた実験結果では、細胞老化を抑えることにより骨の圧潰を予防することが示されました。


本研究の成果により、特発性大腿骨頭壊死症に対して細胞老化が新たな治療標的へとなり得ることへの臨床展開が期待されます。




背景


 特発性大腿骨頭壊死症は、大腿骨の骨頭部の阻血により骨壊死に生じて、壊死した大腿骨頭が潰れることで股関節機能が失われる原因不明の難治性疾患です(図1)。


ree


股関節の変形に至ってしまうと手術以外に有効な治療が存在しません。日本国内では毎年約 2,000~3,000 人の新規患者が発生し、青・壮年に好発するため医学的にも社会学的に問題となっており、予防法の開発のため原因解明が期待されています。


近年、加齢や DNA 損傷に引き起こされる「細胞老化(cellular senescence)」が動脈硬化症、糖尿病、変形性関節症、アルツハイマー型認知症など様々な病気に関わっていることが分かり、注目されています。本研究グループでは、以前に薬剤関連顎骨壊死において細胞老化の関与を解明しました(Watanabe ら、2020)。

今回、本研究グループは、阻血性骨壊死である特発性大腿骨頭壊死症と細胞老化との関わりを探ろうと考えました。さらに細胞老化を制御するアプローチによって阻血性骨壊死を治療できるか調査しました。




研究成果


 研究グループは、特発性大腿骨頭壊死症と診断した患者から手術時に摘出した大腿骨頭の解析を行いました。骨頭標本を、老化細胞を示す X-gal 染色を行う帯状に染色にされました(図 2)。


ree

図 2. 特発性大腿骨頭壊死症の骨頭の X-gal 染色と MRI 画像

X-gal 染色により老化細胞を示す強い青色(赤▲)が帯状に染色されています。これは MRI T1強調像 low バンド像 (黒い帯)が示す移行層に一致しています。



 この帯は大腿骨頭壊死の壊死層と健常層の境界にある移行層と一致していることが分かりました。組織学的解析と遺伝子発現解析では、壊死層のみならず移行層にも細胞老化が起こっていて、SASP 因子も多く発現していること判明しました(図 3)。


ree

図 3. 蛍光免疫染色

移行層には細胞老化の代表的マーカーの1つである p16ink4a陽性細胞が多く認められます。



 次に、本研究グループは細胞老化制御によって骨壊死を治療するか検証するために、生後 12 週目のマウスに大腿骨に栄養を送っている血管を焼く手術を行うことで血流を途絶えさせて骨壊死を引き起こす阻血性骨壊死マウスモデルに対して、手術後 24 時間後にヒト由来の間葉系幹細胞培養上清液(MSC-CM)(*4)を投与しました。阻血手術では老化関連βガラクトシダーゼの活性が上昇していましたが、MSC-CM 投与によって活性が抑制され細胞老化が制御されたことが示されました(図 4)。


ree

図 4. 老化関連βガラクトシダーゼの活性

阻血手術を行っていない control と比べて、阻血手術行い培養液のみ(DMEM)を投与すると細胞老化をみとめ、MSC-CM 投与すると細胞老化が抑制されました。



 一方で、MSC-CM には阻血すぐの骨細胞の細胞死を減らすことはありませんでした。それにも関わらず骨形成の回復が早く、そして手術後6週経過した時点でマイクロCT撮影行うと MSC-CM 投与したマウスの骨は圧潰が防止されていました(図 5)。


ree

図 5. マイクロ CT

阻血性骨壊死によって骨圧潰を引き起こされましたが、MSC-CM 投与によって圧潰が予防されました。




今後の展開


 今回の研究成果により、大腿骨頭の阻血性骨壊死である特発性大腿骨頭壊死症と細胞老化の関与していることが示され、さらに阻血性骨壊死の細胞老化を制御することで骨圧潰を防止することを示しました。

大腿骨頭骨壊死症では骨頭の圧潰が防ぐことが治療目標となるため、本研究のマウスの実験で圧潰が抑えられたことは重要と考えます。


将来的には、本研究成果を骨圧潰予防の新たな治療戦略の提供へとつなげ、手術を回避できるようにしていくことが期待されます。




用語説明


*1) 阻血 : 血流が一時的または永続的に阻まれること。阻血されると組織は壊死します。


*2) 細胞老化 : 細胞が様々な原因により修復不可能な DNA 損傷がおこることで誘導される

不可逆的細胞増殖停止現象です。


*3) SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype) : 細胞老化随伴分泌現象。

老化細胞が炎症性サイトカイン、細胞外マトリックス分解酵素など様々な分泌因子を

放出する現象です。


*4) 間葉系幹細胞培養上清液 : 間葉系幹細胞は体性幹細胞の1つで骨細胞、軟骨細胞、脂肪

細胞に分化することができる細胞です。間葉系幹細胞培養上清液は間葉系幹細胞を

培養増殖するために利用した培養液の上澄み液です。このなかには生理活性物質が多

く含まれて、抗炎症作用があるとされています。

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page