「ハキム病(特発性正常圧水頭症)の診断、新基準構築」-No.445
- nextmizai
- 2024年11月9日
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ハキム病(特発性正常圧水頭症)の診断に有用なDESHを
脳MRIからAIで自動領域抽出して判定する新基準を構築
歩行障害、物忘れ、尿失禁の3徴候で知られるハキム病 (特発性正常圧水頭症:iNPH)※1は進行性の病気であり、早期発見のためには頭部CT、MRI検査で、くも膜下腔の不均衡分布(DESH)※2を見逃さないことが重要である。
しかし、DESHは高位円蓋部・正中くも膜下腔※3とシルビウス裂・脳底槽※4の大きさを比較して判定され、さらに脳室の形状・大きさも影響するため、専門的な知識が必要となる。そこで、DESHの判定に用いる3特定領域を自動抽出する人工知能(AI)※5を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを用いて、ハキム病、アルツハイマー病を含む認知症等の患者と健常ボランティア1009人の脳MRIを解析して、DESH判定の新基準を構築した。
研究のポイント
1.ハキム病(iNPH)の診断に重要なDESHの判定に用いる脳室、高位円蓋部・正中くも膜下
腔、シルビウス裂・脳底槽の3領域を脳MRIから自動抽出するAI「脳脊髄液腔解析」アプ
リを1009人の3D T1 MRIで検証した。
2.DESH indexを用いることで、DESH(もしくはDESHではない)を高い精度で定量的に判
定。
3.Venthi indexによりDESHの脳室拡大の影響、Sylhi indexによりDESHのシルビウス裂拡
大の影響を補足的に判定し、その特徴も評価。
研究成果の概要
クラウド型AI技術開発支援サービス「SYNAPSE Creative Space」(富士フイルム)を用いて、DESHの判定に必要な脳室、高位円蓋部・正中くも膜下腔、シルビウス裂・脳底槽の3領域を脳MRIから自動抽出するAI技術を開発し、研究成果を2024年3月にFrontiers in Aging Neuroscienceに公表した。
さらに、このAI技術を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを開発し、同月に医療機器の認可を得て、3次元(3D)画像解析システム「SYNAPSE VINCENT Ver7.0」(富士フイルム)のアプリとしてリリースされた。
本研究では、この「脳脊髄液腔解析」アプリを用いて、ハキム病、アルツハイマー病、軽度認知機能低下(MCI)等の患者と健常ボランティア1009人の3D T1 MRI画像を解析した。さらに、DESHの判定に用いるDESH index = (脳室 + シルビウス裂・脳底槽) / 高位円蓋部・正中くも膜下腔、Venthi index = 脳室 / 高位円蓋部・正中くも膜下腔、Sylhi index = シルビウス裂・脳底槽 / 高位円蓋部・正中くも膜下腔の3つの指標を自動算出した。
ROC解析で各指標の至適閾値を定め、95%以上の感度、90%以上の特異度でDESHを検出し、Venthi indexにより脳室拡大の影響とSylhi indexによりシルビウス裂・脳底槽拡大の影響も数値化する新基準を構築した。
背 景
脳脊髄液が溜まる慢性水頭症は、60歳以上の高齢者に多く、特にハキム病(iNPH)は加齢に伴って発症率が増加する。症状は、ふらつきなどの軽い歩行障害から始まり、次第にすり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行、すくみ足、突進現象などの病的歩容が顕著となり、転倒しやすくなる。転倒により頭部外傷や腰椎圧迫骨折や大腿骨骨折で救急搬送されて発見される患者も多い。症状が進行すると、自力で歩けなくなり、最終的には起立困難で寝たきり状態となることもある。また、やった事を忘れてしまう、行動する意欲がなくなり一日中ボーと座っているなどの認知機能低下や、頻尿、切迫性尿失禁などの症状が悪化し、介護が必要となる。手術による症状改善は、一段階の改善が期待されるレベルであり、自立した生活を取り戻すレベルまでの回復には早期発見、早期治療が重要である。
しかし、これらの歩行障害、物忘れ、失禁の3徴候は、年齢のせいと自己判断して病院を受診しない患者が多く、また、頭部CT検査や脳MRI検査を受けても、『加齢性脳萎縮もしくはアルツハイマー病』と誤解されて、診断が遅れる。ハキム病と脳萎縮を判別するために重要な画像所見として、DESHが認知されるようになり、診断率は大幅に向上した。しかし、DESHは主観的な評価であり、経験豊富な専門家間でも判定結果が異なることが課題であった。これまでDESHの判定に使う2次元指標がいくつも発表されているが、十分ではなかった。そこで、我々はクラウド型AI技術開発支援サービス「SYNAPSE Creative Space」(富士フイルム)を用いて、DESHの判定に用いる脳室、高位円蓋部・正中くも膜下腔、シルビウス裂・脳底槽の3領域を脳MRIから自動抽出するAI技術と、その3領域からDESH index、Venthi index(DESH判定への脳室拡大の影響)、Sylhi index(DESH判定へのシルビウス裂・脳底槽の影響)の3つの指標を開発し、研究成果を2024年3月にFrontiers in Aging Neuroscienceに公表した。さらに、このAI技術を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを開発し、同月に医療機器の認可を得て、3次元(3D)画像解析システム「SYNAPSE VINCENT Ver7.0」(富士フイルム)のアプリとしてリリースされた。
本研究では、この「脳脊髄液腔解析」アプリを用いて、DESHを定量的に判定するために必要な至適閾値を導き出し、DESH判定の基準を構築したいと考えた。
研究の成果
「脳脊髄液腔解析」アプリ(図上段)を用いて、ハキム病患者77人(うち25人はアルツハイマー病合併)、アルツハイマー病患者256人、その他の認知症患者112人、軽度認知症 (MCI) 163人、健常ボランティア380人を含む合計1009人の3D T1 MRI画像を解析した。健常者やハキム病以外の認知症患者のうち10人にDESHが認められ、合計101人(10%)がDESHと専門家によって判定された(図中段)。3領域の体積もしくは頭蓋内にしめる体積割合だけではDESHの判定は難しい。
ROC解析により、DESH index:>6.0、Venthi index:>3.6、Sylhi index:>2.2であれば、AUC値で0.98以上(感度:95%以上、特異度:90%以上)と高い精度でDESHを検出できることを示した(図下段)。これらの指標は、DESHの有無を判定するだけでなく、DESH indexが高いほどDESHの程度が強いこと、Venthi indexが高いほど脳室拡大の影響が強いDESH、Sylhi indexが高いほどシルビウス裂拡大の影響が強いDESHであることを定量的に示している。これらの数値を用いることにより、DESHの客観的な判定基準を新たに構築した。
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東北大学、山形大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、ハキム病、アルツハイマー病などの認知症、脳卒中などの脳環境代謝に関連する病態を解明すること(脳循環代謝数理モデルの確立)を目指す医工連携、産学連携の共同研究である。


研究の意義と今後の展開
DESHは、ハキム病(iNPH)の発見に大きく貢献してきたが、高位円蓋部・正中くも膜下腔とシルビウス裂・脳底槽の大きさを比較して判定され、脳室拡大も影響するため、専門的な知識が必要であるばかりか、専門家間でも判定が異なることがあることが課題であった。脳MRI画像からDESHの判定に重要な領域を自動で抽出するAI技術を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを用いることで、DESHの有無に加えて、DESHの程度や特徴を数値化した。これにより、DESH判定の曖昧さをなくすことができ、ハキム病(iNPH)の見落としを減らすことができると考えている。
用語解説
※1 ハキム病:
従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
※2 くも膜下腔の不均衡分布(DESH):
Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalusの略。シルビウス裂・脳底槽が拡大し、高位円蓋部・正中の脳溝が狭いことと、脳室拡大を同時に示す画像所見。
※3 高位円蓋部・正中くも膜下腔:
Tightened sulci in the High Convexityの略。脳室とシルビウス裂・脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝・くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
※4 シルビウス裂・脳底槽:
Sylvian fissure dilatationの略。脳室とシルビウス裂・脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝・くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
※5 人工知能(AI):
Artificial Intelligence技術のひとつであるディープラーニング(深層学習)。






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