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「アルツハイマー病の新たな治療標的」-No.473




アルツハイマー病の新たな治療標的を発見

~脳内のカンナビノイド受容体2型への刺激が認知機能障害を改善~




本研究のポイント


1.カンナビノイド注1)受容体2型(CB2)はアルツハイマー病(AD)死後脳およびADモデルマウ

 スのミクログリア注2)に発現し、病態進行に伴って発現が上昇することを発見。


2.CB2の選択的作動剤であるJWH133の慢性投与によりADモデルマウスの認知機能障害

 が改善。


3.CB2の慢性刺激によりアストロサイト注3)の病的活性化を抑制して神経炎症注4)が改善する

 ことを発見。


4.CB2を標的とした新たなアルツハイマー病治療法の開発が期待される。




研究概要


 名古屋大学環境医学研究所/医学系研究科の祖父江顕特任助教(筆頭著者)、山中宏二教授らの研究グループは、東京都健康長寿医療センター、理化学研究所脳神経科学センター、名古屋市立大学医学研究科との共同研究により、カンナビノイド受容体2型(CB2)刺激によるアルツハイマー病(AD)の病態を改善する仕組みを解明しました。


 CB2は免疫系の細胞に発現しており、刺激することにより病的な炎症を抑制して、細胞を保護する役割を果たしていますが、アルツハイマー病をはじめとする神経疾患におけるCB2刺激の効果や作用メカニズムに関してはよくわかっていません。


 本研究では、ADマウス注5)の大脳皮質から単離したグリア細胞および病理診断によりADと診断された死後脳の楔前部(けつぜんぶ)注6)におけるCB2の発現解析を行いました。

また、CB2の選択的作動剤であるJWH133をADマウスに投与し、認知機能および神経炎症の変化を解析しました。

 その結果、CB2はADマウスのミクログリアに主に発現しており、ADの病態進行に伴って発現上昇することが明らかとなりました。また、ADの死後脳でも同様にCB2の発現上昇が確認されました。さらに、JWH133の投与によるミクログリアのCB2刺激によりADマウスにおける認知機能の低下が改善しました。この認知機能の改善にはミクログリアからの補体注7)C1qの分泌が抑制され、それに伴うアストロサイトの病的な活性化の抑制が関与すると考えられます。


 これらの研究成果はCB2を標的とした神経炎症の制御によるアルツハイマー病の新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。


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研究背景と内容


 認知症患者数は年々増加し、国内では 2040 年には約600万人に達すると推計され(厚生労働省老健局資料、令和5年)、その早期診断と治療法開発への社会的要請が強い疾患です。認知症の代表的疾患として知られるアルツハイマー病(AD)の中心となる脳の病理変化は、アミロイドβ(Aβ)注8)・タウ蛋白注9)の異常蓄積であり、これらは神経細胞死に至る主要な病因タンパク質です。


 本疾患の初期・軽症例に対する抗体医薬は実用化されましたが、その高額な薬剤費や一部の患者さんしか対象にならないこと等の課題があるため、疾患の進行を制御しうる治療法開発に向けた多面的な研究開発が期待されています。一方でAD脳の老人斑注8)に集まるミクログリアは、神経細胞外に放出されたAβを異物として認識し貪食するグリア細胞の一種です。AD等の神経変性疾患の病巣で、病因蛋白質に対してミクログリアの活性化や応答異常を来たし、炎症性分子の過剰な放出や神経保護機能の喪失などにより神経周囲の環境が神経細胞にとって有害な環境に転換する「神経炎症」と呼ばれる現象が、ADの病態メカニズムの一翼を担うものとして注目されていますが、「神経炎症」を標的としたアルツハイマー病の新たな治療法の開発には至っておりません。


 本研究ではADマウスの大脳皮質から単離したグリア細胞および病理学的にADと診断された死後脳の楔前部におけるCB2の発現解析を行いました。

 その結果、CB2は主にミクログリアに発現しており、その発現量はAD病態の進行に伴って上昇することが明らかとなりました。また、同様の発現上昇が、AD死後脳でも確認されました(図1)。

 また、CB2がAD治療標的として妥当かどうかを検証するため、CB2の選択的作動剤であるJWH133を5ヶ月齢のADマウスに6ヶ月間飲水投与し、認知機能を新奇物体探索試験およびバーンズ迷路試験を用いて解析しました。その結果、JWH133はADマウスにおける物体認知記憶および空間記憶の低下を有意に改善しました(図2)。

 さらに、CB2刺激による認知機能改善のメカニズムを探る目的でJWH133投与後のマウスの大脳皮質から磁気細胞分離法によりミクログリアおよびアストロサイトを単離して定量PCRを実施し、神経炎症関連因子の発現量の変化を解析しました。その結果、単離ミクログリアでは活性化アストロサイトの誘導因子である補体C1qの発現量がJWH133の投与で有意に抑制され、それに伴って単離したアストロサイトでは活性化アストロサイトのマーカー(H2d,Psmb8)の発現が低下しました(図3)。


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図1.AD病理脳とADマウスのミクログリアにおいて共通してCB2の発現が上昇する


A. マウス脳からのミクログリア、アストロサイトの単離

B. ADマウスのミクログリアにおいてCb2が発現し、AD病態進行に伴って発現上昇する 

C. AD病理脳からのRNA抽出 

D. AD病理脳においても病態進行に伴ってCB2の発現上昇が確認された



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A. バーンズ迷路試験の装置

B. 実験方法. 訓練試行で逃避箱の場所を記憶させ、試験試行では逃避箱を取り去り、天板を4区画に分けて、各区画での滞在時間を計測した

C.実験結果. Veh-App-KIマウス (グラフ: 紺色)は逃避箱があったTargetの区画での滞在割合が低く、記憶が保持されていないことを示しており、JWH133-App-KIマウス(グラフ: 赤色) ではその低下が改善されていることを示している



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図3. JWH133はADモデルマウスの神経炎症を改善する


JWH133を投与後に磁気細胞分離法でグリア細胞を単離し、qPCRを行った結果、単離ミクログリアにおいて活性化アストロサイトの誘導因子であるC1gや単離アストロサイトにおいてH2dおよびPsmb8など活性化アストロサイトマーカーの発現の低下が確認された




成果の意義


 ミクログリアのCB2を持続的に刺激することで、ミクログリアとアストロサイトの相互作用を制御して神経保護的な神経炎症を誘導することにより、ADモデルマウスの認知機能障害を改善することを明らかにしました。

 CB2は、ADや神経炎症が関与する他の神経変性疾患を治療するための魅力的な治療標的となることが期待されます。




用語説明


注1)カンナビノイド:

大麻草に含まれる生理活性物質の総称で、人工的に合成された化合物や生体内で合成される内因性カンナビノイドなど分類がある。カンナビノイド受容体1型は神経細胞、2型は免疫系の細胞に分布している。

 

注2)ミクログリア:

中枢神経系に存在するグリア細胞の一種であり、脳内の免疫細胞として脳内環境の監視や異物の除去などの役割を担う。

 

注3)アストロサイト:

中枢神経系に存在するグリア細胞の一種であり、脳の環境維持や神経機能調節などさまざまな機能を持つ。

 

注4)神経炎症:

神経感染症、神経免疫疾患、神経変性疾患などにおいて、ミクログリアの異常活性化や応答異常によって神経傷害性因子の過剰な放出や、神経保護機能の喪失といった神経周囲の環境が毒性転換する現象。一方、神経保護的な神経炎症も存在する。

 

注5)ADマウス:

遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子であるAPP遺伝子に、疾患由来の変異を導入した変異APP遺伝子をもつ遺伝子組み換えマウスが多数作成されて研究に用いられている。本研究ではAPPノックインマウス(AppNL-G-Fマウス:ヒト配列化したAβに、患者由来の3種類の変異であるSwedish変異、Iberian変異、Arctic変異を導入した遺伝子組換えマウス)を使用している。ADの病理学的特徴である、アミロイドβの蓄積、神経炎症、認知機能低下をよく再現している。

 

注6)楔前部(けつぜんぶ):

大脳頭頂葉の後部内側に位置する領域で、脳のアイドリング状態の活動に寄与し、早期からアミロイドβが蓄積することが知られる。

 

注7)補体:

生体に侵入した病原微生物などの抗原を排除するための免疫反応を媒介するタンパク質の総称である。「抗体の働きを補完する」という意味で、「補体」と名付けられた。血液中に含まれるが、脳内にも存在する。

 

注8)アミロイドβ(Aβ)、老人斑:

アミロイドβ(Aβ)は、アルツハイマー病やダウン症候群にみられる脳の病理学的変化である老人斑を構成する主成分である。アミロイドβ自身も神経細胞に有害であることが報告されている。

 

注9)タウ蛋白:

神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与している。アルツハイマー病をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られている。

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