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「GFAP遺伝子の変異が認知症の発症に関わる大脳白質病変に影響」-No.448




GFAP遺伝子の変異が認知症の発症関わる大脳白質病変に影響

~脳画像所見における遺伝的要素の新知見~




ポイント


  1. MRI で見られる大脳白質病変は脳卒中や認知症の発症に関わる重要な所見ですが、

    アジア人における遺伝的要因は明らかになっていませんでした。

  2. 大規模認知症コホート研究である JPSC-AD 研究(※1)に参加した約 9,500 人の脳 MRI 検査とゲノム情報を用いて、大脳白質病変に関連する遺伝子領域を検討しました。

  3. 東アジア人で比較的多く見られるGFAP遺伝子の変異が大脳白質病変に関連していることを示し、さらにこれまで報告されていなかった新たな領域を 1 か所同定しました。


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研究の概要


 大脳白質病変は脳 MRI 画像でよく見られる病変で、脳卒中や認知症の発症に関わる重要な所見です。大脳白質病変は高血圧などの生活習慣病があると出現しやすいことが報告されていますが、遺伝的要因も関与することが知られています。これまでの研究で大脳白質病変に影響する遺伝要因が明らかにされてきましたが、アジア人を対象としたものは数百人程度での小規模な解析に限られていました。


 九州大学大学院医学研究院 衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授、病態機能内科学の古田芳彦助教、眼病態イメージング講座の秋山雅人講師、および弘前大学、岩手医科大学、金沢大学、慶應義塾大学、松江医療センター、愛媛大学、熊本大学、東北大学、理化学研究所生命医科学研究センターらの共同研究グループは、健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:JPSC-AD研究の参加者 9,479 人の脳 MRI 検査とゲノムデータを用いてゲノムワイド関連解析(GenomeWide Association Study [GWAS(※2)])を行い、大脳白質病変容積に関連する遺伝子座を検索しました。


その結果、大脳白質病変容積に関連する遺伝子座として 17 番染色体の GFAP 遺伝子の295 番目のアミノ酸を変える変異を同定しました。さらに、英国の UK バイオバンク(※3)研究のGWAS データとの統合解析を実施した結果、20 か所の遺伝子座が大脳白質病変容積に関連しており、そのうち 6 番染色体(SLC2A12 遺伝子(※4))に存在する 1 か所の遺伝子座が新規の遺伝子座であることを明らかにしました。




二宮教授からひとこと:


 本研究の結果により、東アジアの人によく見られる遺伝子の多型が、大脳白質病変に関係していることが分かりました。本研究の結果は、脳卒中や認知症のリスクの推定に役立つ可能性があります。さらに今後、異なる地域や人種を対象にした国際的な大規模研究を実施することで、大脳白質病変の遺伝的要因の詳細な検討が可能となり、地域や生活環境、文化背景による大脳白質病変の遺伝的影響の違いが明らかになることが期待されます。




研究の背景と経緯


 大脳白質病変は、MRI などの脳の画像検査でよく見られる病変です。大脳白質病変の増加に伴い、脳卒中や認知症の発症リスクが上昇することが報告されています。大脳白質病変は双子を対象とした研究で遺伝要因の関与が強いことが示されています。そのため、大脳白質病変に関連する遺伝的要素を解明することが求められています。


 これまでに行われた GWAS により、大脳白質病変に関連する 30 の遺伝領域が特定されました。しかし、これらの研究は主にヨーロッパの人々を対象としており、アジア人を対象とした大規模な研究はなく、アジア人における大脳白質病変の遺伝的構造は十分に解明されていませんでした。




研究の内容と成果


 JPSC-AD 研究(健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:Japan Prospective Studies Collaboration for Aging and Dementia)の MRI 画像データとゲノムデータを解析し、日本人における大脳白質病変の遺伝的構造を GWAS により解明しました。さらに、英国の UK バイオバンクから公開されている結果と統合した解析も行いました。

その結果、17 番染色体の GFAP 遺伝子の 295 番目の変異が強く関連していることが分かりました。

この変異の頻度は日本人を含む東アジア人では 15%程度と比較的多く見られるものの、欧米人では3%程度と少ないものでした。GFAP 遺伝子は 17 番染色体に存在する遺伝子で、脳に存在するアストロサイトと呼ばれる細胞のタンパク質をコードしており、今回同定された遺伝子変異はアミノ酸置換に関与するものでした。さらに、英国で行われた UK バイオバンクの GWAS 結果と合わせて解析した結果、20 か所の関連遺伝子座が見いだされ、そのうち図 1 の緑色で示された 6 番染色体(SLC2A12 遺伝子領域)に存在する 1 か所の遺伝子座はこれまで明らかにされていなかったものでした(図 1)。

また、統合した GWAS 結果で明らかになった 20 か所の遺伝子座で最も関連の強かった 20 個の変異について、JPSC-AD と UK バイオバンクとの間で影響を比較した結果、ほとんどの変異において両集団間で影響に明らかな差は認められず、大脳白質病変の遺伝的影響は人種間で共通であることが示唆されました(図 2)。


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図 1:JPSC-AD と UK バイオバンクのゲノムワイド関連解析(GWAS)を統合した結果

横軸に染色体上の位置、縦軸に関連の強さを表し、各点が変異を示している。緑色の点の集まりは今回初めて明らかになった遺伝子座(SLC2A12)を示している。



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図 2:統合した GWAS 結果で明らかになった 20 か所の遺伝子座で最も関連の強かった 20 個の変異について、JPSC-AD と UK バイオバンクとの間で影響を比較した結果縦軸に JPSC-AD、横軸に UK バイオバンクにおける影響の強さを示している




今後の展開


 大脳白質病変の遺伝的構造を明らかにすることにより、認知症や脳卒中の病態解明や発症予防に役立つと考えられます。本研究で欧米人と日本人が共通した遺伝要因を有していることが明らかになったことから、今後はさらに多様な人々のゲノムデータを組み合わせた大規模な解析を行うことで、さらに詳細に解明することが期待されます。




用語解説


(※1) 健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:Japan Prospective Studies Collaboration for Aging and Dementia(JPSC-AD)我が国の8地域(青森県弘前市、岩手県矢巾町、石川県七尾市中島町、東京都荒川区、島根県海士町、愛媛県伊予市中山町、福岡県久山町、熊本県荒尾市)における地域高齢住民約1万人を対象とした大規模認知症コホート研究である(https://www.eph.med.kyushu-u.ac.jp/jpsc/)。

ベースライン調査は 2016 年-2018 年に実施され、予め 8 地域で標準化された研究計画に基づいて、詳細な臨床情報(認知機能を含む)、頭部 MRI 画像データ、遺伝子情報を収集している。さらに、認知症や心血管病の発症や死亡に関する追跡調査を継続している。

 

(※2) ゲノムワイド関連解析:Genome-Wide Association Study(GWAS)

ヒトゲノムの全域に分布する遺伝的変異と、臨床検査値などの量的な形質や病気との因果関係を網羅的に検討する遺伝統計解析手法。これまでに、数百を超える形質や病気を対象に実施され、数多くの関連遺伝的変異が同定されている。

 

(※3) UK バイオバンク

英国で行われている世界最大規模のバイオバンクで、約 50 万人の参加者を対象として、遺伝情報、疾患情報、血液などの多彩な情報・試料を収集している。情報は世界中の研究者に提供され、多数の研究結果が発表されている。

 

(※4) SLC2A12 遺伝子

細胞がブドウ糖などの糖を取り込むのを助ける GLUT12 と呼ばれるタンパク質をコードしている遺伝子。GLUT12 は脳内のアストロサイトに発現していることが示されている。

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