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「血管が枝分かれするのに必須な因子の同定」-No.315





血管が枝分かれするのに必須な因子の同定

-抗老化転写因子が血管では分岐安定化をもたらす-




発表のポイント


1.血管新生増殖因子(VEGF)に向かって血管が枝分かれする際、その枝の向きをガイドする

 先端の内皮細胞(Tip)とTipに追随し増殖する(枝を伸ばす)内皮細胞(Stalk)が存在します。

 このTip-Stalkを規定する転写システムを明らかにしました。


2.長期のVEGF刺激を受けたTip細胞では転写因子FOXO1*1が核内移行し、Tip細胞を運命

 付ける遺伝子セットを発現誘導する一方、Stalk細胞での増殖を誘導するNotch シグナル

 *2を抑制します。さらにNotchシグナルはFOXOシグナルを抑制することで StalkがTip

 細胞にならないように相互に牽制するシステムが成り立っていることを示しました。


3.FOXO1は長寿関連転写因子として知られており、内皮細胞においては血管成熟に不可欠

 です。加齢の転写システムを明らかにすることで、超高齢社会での血管病変(がん転移・動

 脈硬化)に関するシステム解明に繋がることが期待されます。




概要


 熊本大学生命資源研究・支援センター 分子血管制御分野の南 敬 教授らの研究グループは、血管内皮細胞を用いたVEGF刺激での次世代シークエンス網羅解析によって、血管分岐先端部 (Tip) では核内移行した転写因子 FOXO1が、

(1)Tip 細胞を運命付ける遺伝子セットを包括的に発現誘導すること

(2)Notchシグナルを抑制しStalk化を防護すること

(3)内皮分化を決定するマスター転写因子とともに、内皮特異的なエピゲノム-クロマチン構

  造変化を促し、血管成熟に関する遺伝子セットを誘導すること

を明らかにしました。

これまで全身性のFOXO1欠損マウスでは血管ネットワークの形成不全で胎生致死になることが報告されていましたが、血管に特化したその病態メカニズムの詳細は分かっていませんでした。


 FOXO1転写因子はあらゆる細胞に存在し、特に長寿を促すものとして、抗酸化ストレスや飢餓代謝に関与することがクローズアップされています。一方、細胞毎に結合できる領域が異なり、違った機能を発揮します。実際、今回の研究でも免疫細胞ではアポトーシス関連遺伝子の発現制御領域に結合するのに対し、内皮細胞では全く異なる血管分岐や内皮成熟に関わる遺伝子制御領域に特異的に結合しました。即ちFOXO1の転写活性化が血管ネットワークの維持に不可欠であることが示され、FOXO1がないことで血管不全により致死になる病態を改めてメカニズム論として解明することに成功しました。


高等動物は血管ネットワークを正常に獲得することで、正常に発生し、臓器に酸素や栄養を送り大きくなります。一方、生活習慣病として知られる高血圧・動脈硬化・糖尿病含めヒトは血管から老いていきます。今後、本研究成果は抗加齢転写因子FOXOに基づいた血管老化のメカニズム解明と生活習慣病・血管病変の原理解明に役立つことが期待されます。




背景


 血管ネットワーク形成には血管内皮増殖因子(VEGF)等により、既存血管から新たに血管内皮細胞が分岐し成熟していく過程が必須です。しかし、その転写システムについては全く解明されていませんでした。これまで分岐先端部(Tip 細胞)に転写因子FOXO1が存在することは想定されていましたが、多くの増殖性サイトカインによりAKT*3が活性化され、核外移行すると考えられておりその転写制御やエピゲノムとの関与が不明でした。




研究の内容


 そこで内皮細胞を基にVEGF刺激でのFOXO1 細胞局在の経時的変化を調べ、実際のTip 細胞において FOXO1 の核内局在を検証しました。更にVEGF 刺激での内皮細胞のsingle cell-seq*4やFOXO1強制発現/ノックダウンでのRNAseq*4、内在性FOXO1抗体を用いた ChIP-seq*4 をまとめ、内皮細胞でのヒストンマッピングと照合し、データサイエンスとしてのオミックス解析を実施しました。




成果


 その結果、VEGF 刺激早期にリン酸化され核外移行したFOXO1は、脱リン酸化酵素 PP2A*3により制御を受けて1時間後以降に再び核内移行する事が判明しました(図1)。


図 1: Graphical Abstract

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血管新生増殖因子であるVEGFに向かって内皮細胞の発芽 (Sprouting) が始まるが、分岐の安定化にはTip細胞とStalk細胞の固定化が必要である。特にTip細胞では VEGF受容体からのPI3-キナーゼ-AKT キナーゼの活性化によりFOXO1がまず細胞質に移行し、抗アポトーシスとして作用するが、その後PP2A脱リン酸化酵素の働きによりFOXO1は脱リン酸化され再度核内に移行する。この時、内皮規定性を運命付けるマスター転写因子群(GATAやEtsファミリー転写因子)と協調して、ヒストン環境を変化させ、内皮成熟や安定化に関与するTip細胞の独特の機能を有する一連の遺伝子群の発現を促進する。このTip細胞でのFOXO1の核内移行により、Notchシグナルが Tip 細胞自身で作用してしまいTipがStalk 細胞様になることを防護し、逆にNotchにより自己増殖するStalk細胞では Notchシグナル活性化を担う核内フラグメント (N1CD)が FOXO1の発現を下げることで、FOXO1活性化でのTip化を防いでいる。このように相互に抑制しあう機構が成り立っている。



 また網膜血管の Tip 領域では FOXO1 が実際に核内移行しており、Stalk領域では認められませんでした(図2)。


図 2: 網膜血管先端部の免疫染色像

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CD31 (白)は内皮細胞のマーカー、Endothelial Specific Molecule (ESM)1 (緑)は内皮特異的なTip細胞のマーカータンパクとして用いた。

矢頭は分岐先端―Tip領域にてFOXO1 (赤)が核内移行していることを示す。




 内皮細胞は培養時でも発現様式が一様ではありませんが、VEGF 刺激によって全体が Tip 様の発現様式を示し、それが FOXO1 転写因子に基づくものであることも RNA-seq、ChIP-seq より判明しました。この FOXO1 はあらゆる細胞で発現していますが、VEGF 刺激を受けた内皮細胞では内皮分化を運命付けるマスター転写因子*5と協調して内皮特異的な血管成熟・安定化に関 与する 遺伝子セッ トの発現制御領域に結合することを見出しました。本結合様式は同じくFOXO1を発現する免疫細胞(B細胞)と並列に比較した場合でも異なっており、B細胞ではその細胞に重要な免疫活性化やアポトーシス関連遺伝子セットに特異的に結合することが示されています(図3)。


図 3:内皮細胞 (HUVECs) と B 細胞での FOXO1 抗体を用いた ChIP-seq データ

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転写開始点(0)付近近傍でのFOXO1結合の濃縮ピーク(赤)を示す。内皮細胞HUVECsにて濃縮ピークが見られる遺伝子セット(左端)ではB細胞では弱く、逆にB細胞でFOXO1結合の濃縮が認められる遺伝子セット(右端)では内皮細胞では殆ど認められない。

内皮細胞、B細胞共にFOXO1は存在するが、結合できる遺伝子領域は各々異なることが示されている。







展開


 超高齢社会を迎え、我が国では転移や再発を伴う悪性がんや脳梗塞・心血管疾患での死亡率は増加の一途にあります。これら三大疾病には血管病態が密接に関わっており、「ヒトは血管とともに老いる」という米国の医学者ウィリアム・オスラー博士(1849-1919)の格言にあるように、血管の分岐と成熟化(血管新生)や炎症、加齢に伴う機能低下の分子メカニズムを解明することが極めて重要となっています。FOXO1は長寿・抗老化タンパクとして認知されていましたが、今回血管でのエピゲノム環境変化を伴って、安定化・成熟化の分子機構が明らかになったことより、この転写ネットワークを応用した抗血管病に至る新規機構解明に将来繋がることが期待されます。




用語解説


※1 FOXO1:

フォークヘッド(Fox)ドメイン(DNA マイナー鎖への結合によりクロマチン構造変化をもたらす)をもつOtype1 番目の転写因子。様々な細胞で発現しており、飢餓応答やインスリンでの糖新生や解糖系の調節にも関与することが知られている。


※2 NOTCHシグナル:

節足動物から高等動物に至るまで保存された発生・分化に寄与する細胞間シグナル。Notch リガンドとその受容体の結合により受容体が切断され、C末断片(N1CD) が核内移行し転写活性化が生じる。


※3 AKT, PP2A:

様々な増殖因子により細胞膜直下のPhosphatidyl Inositol(PI)3-キナーゼが活性化され、その基質であるAKTがリン酸化される。PI3K/AKTは細胞増殖や生存に繋がるシグナル伝達因子である。一方 、PP2A は細胞内の主要なセリンスレオニンータンパク脱リン酸化酵素で多様な細胞機能に関与するとされる。


※4 Single cell-seq, RNA-seq, ChIP-seq:

いずれも次世代deepシークエンサーにてデータ取得する手法で、単一細胞レベルでの発現マップやゲノム全体の遺伝子発現レベル、ヒストンや転写因子のクロマチンへの結合レベルを包括的に解析することができる。


※5 マスター転写因子:

幹細胞から各々の細胞での分化誘導を司る主たる(マスター)転写因子のこと。抑制ヒストンマーク (H3K27me3)が濃縮されたクロマチン領域を変化させるパイオニア転写因子(FoxO1 を含む)と協調して分化誘導に必須の働きを示すことが知られている。

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