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「自己免疫疾患の制御に関わる新たな加齢関連 T 細胞を発見」-No.310




自己免疫疾患の制御に関わる新たな加齢関連 T 細胞を発見

――自己免疫疾患制御から健康長寿社会の実現に期待――




発表のポイント


1.強力な抗体産生誘導能と細胞傷害活性を併せ持ち、加齢と自己免疫疾患で増加する

 「ThA(Age-associated helper T)細胞」を世界で初めて同定し、同細胞が各種自己免疫

 疾患の病態形成において中心的な役割を果たしていることを見出しました。


2.抗体産生誘導能と細胞傷害活性を併せ持つ加齢関連 T 細胞の報告は他になく、本研究で

 は、ThA 細胞の特異的細胞表面マーカーとマスター制御遺伝子の同定から、その疾患制

 御メカニズムまでを、臨床情報も加味した疾患横断的マルチオミックス解析などの手法を

 用いて明らかにしました。


3.自己免疫疾患は免疫学的老化が影響することが知られているものの、その詳細なメカニズ

 ムは不明なままでした。ThA 細胞のさらなる解析は、自己免疫疾患の病態解明、新たな

 創薬標的同定、個別化医療の実現に繋がるのみならず、健康長寿への道も切り開かれるこ

 とが期待されます。


概念図:加齢により増加する ThA 細胞と新規治療法開発の可能性




概要


 東京大学医学部附属病院 アレルギー・リウマチ内科 後藤 愛佳 病院診療医、高橋 秀侑 助教、吉田 良知 特任臨床医(研究当時)、同大学大学院医学系研究科 免疫疾患機能ゲノム学講座の太田 峰人 特任助教(研究当時)、岡村 僚久 特任准教授、同大学院生体防御腫瘍内科学講座 アレルギー・リウマチ学 藤尾 圭志 教授らによる研究グループは、理化学研究所 生命医科学研究センター 中野 正博 学振特別研究員、石垣 和慶 チームリーダー、山本 一彦 チームリーダーらとの共同研究において、自己免疫疾患の病態制御に関わる新たな加齢関連 T 細胞(注1)を発見しました。


 自己免疫疾患は、免疫という本来は身体を守る仕組みに異常が起こり、自分の組織を攻撃してしまう病気です。その発症には遺伝的および環境的な要因が関与しますが、自己免疫疾患の多くが中年以降に発症のピークを迎えることから、「加齢」も重要な要因として知られています。また、免疫学的な細胞レベルでの老化が、自己免疫疾患の発症に関わっているとも考えられています。


 本研究では、加齢で増加する T 細胞を発見し、「ThA(Age-associated helper T/加齢関連ヘルパーT)細胞」と名付けました。ThA 細胞は、若年齢の自己免疫疾患でも増加し、その細胞は健康な方の ThA 細胞とは性質が異なることが分かりました。

ThA 細胞の機能を詳細に調べたところ、これまでは別々の細胞が担うと考えられていた、抗体産生を導く機能と、周囲の細胞を傷害する機能の 2 つを併せ持っていることが分かりました。加齢で増加し、かつこれら 2 つの機能を持つ細胞は、世界で初めての発見となります。


 代表的な自己免疫疾患として、全身性エリテマトーデス(SLE)が知られています。SLE は、自分に対する抗体である様々な自己抗体が産生され、全身の臓器の障害を認める疾患であり、難病に指定されています。ThA 細胞は若年齢の SLE 症例でも増加しており、健康な方と比べ B細胞(注 2)の抗体産生を促進させる分子を非常に高く産生していることが分かりました。また、他の T 細胞と比較して、ThA 細胞の遺伝子発現の違いが、SLE の病気の勢いを最も強く反映していることが分かりました。


本研究では、ThA 細胞の 2 つの機能は ZEB2 という遺伝子で制御されているということの特定にも成功しました。

今回の研究で得られた知見は、ThA 細胞が、自己免疫応答と健康長寿の違いを知ることができる重要な細胞であることを示唆しており、自己免疫疾患の新たな治療法開発、健康長寿社会実現への展開が期待されます。


図 1:ThA 細胞による自己免疫疾患制御メカニズムの概念図


ThA 細胞は、B 細胞からの抗体産生の促進と、細胞を傷害するという機能を併せ持っている。ThA 細胞は T 細胞受容体を介して、自己の成分である自己抗原などを特異的に認識して活性化することが想定される。細胞傷害は、グランザイム(タンパク分解酵素の一種)などを介して発揮される。活性化した ThA 細胞は、IL-21 および CXCL13 を分泌して B 細胞の抗体産生を促進する。この作用は、SLE などの病気を悪化させることが知られているインターフェロンαというサイトカインの濃度が体の中で高い時に、より強くなると考えられた。自己免疫疾患においては、ThA 細胞を介した作用により、臓器が障害される一方、健康な高齢者では、この作用が感染症の防御などに向けられることが想定される。

今後は、自己免疫疾患および、動脈硬化などの加齢関連疾患、健康長寿において、ThA 細胞がどのように関わっているかにつき、より詳細な検討を進める。




発表内容


 研究グループは、代表的な 10 の自己免疫疾患の症例および健常人、計 416 例の末梢血から28 種類の免疫担当細胞を回収し、過去最大規模の機能ゲノムデータベース「ImmuNexUT」(Immunecell gene expression atlas from the University of Tokyo)を構築し報告をしました(Cell.184(11) 2021)。

本データベース構築時のフローサイトメトリー(注 3)の詳細な観察から、若年健常人では少なく、自己免疫疾患、高齢者で増加を認め、過去には報告の無い細胞集団として ThA 細胞を発見し、7 年間に渡る研究の成果をまとめ、今回発表しました。


図 2:本研究の全体像


本研究では、ImmuNexUT データベースで回収した 8 種類の CD4 陽性 T 細胞に、ThA 細胞を加えた 9 種類の細胞を用いて、健常人および 3 つの自己免疫疾患症例の検体から、フローサイトメトリー解析および RNA シークエンス(注 4)による網羅的な遺伝子解析と、臨床情報との統合解析を実施した。



ThA 細胞は、既知のヘルパーCD4 陽性 T 細胞とは重複の無いエフェクターメモリーT 細胞のうち、細胞表面の CXCR3 という分子が中程度に発現する細胞として同定されました(図 3 左図)。加齢によりその割合は増加します(図 3 右図)。


図 3:フローサイトメトリーを用いた ThA 細胞の同定

ThA 細胞は左図のように、細胞表面の CXCR3 というタンパクが中程度に発現する細胞として同定できる。

 


ThA 細胞の網羅的な遺伝子発現解析を行った結果、ThA 細胞は、既知の 8 種の CD4 陽性 T 細胞とは異なる独自の遺伝子発現の特徴を有すること、また、細胞傷害性の強い分子をとても高く発現していることが分かりました。


図 4:細胞傷害性 T 細胞としての ThA 細胞

左図:RNA シークエンスデータ主成分分析解析の結果。左上の赤い点 1 つが 1 人から得ら

   れた ThA 細胞の情報を表し、ThA 細胞は他の CD4 陽性 T 細胞とは異なる遺伝子発

   現の特徴を持つことが分かる。

中図:RNA シークエンスの結果のうち、細胞傷害に関わる遺伝子の発現量をグラフ化したも

   の。ThA 細胞は他の CD4 陽性 T 細胞と比べて、著しく細胞傷害に関わる遺伝子発現

   が高い。

右図:電子顕微鏡観察下において、ThA 細胞は、代表的な細胞傷害 T 細胞として知られる

   CD8 陽性 T 細胞と同様に、細胞内に細胞傷害に関わる分子を蓄える顆粒が観察され

   た(赤矢印)。



ThA 細胞は、多彩な自己抗体産生を特徴とする自己免疫疾患である SLE において、増加を認めました。RNA シークエンスのデータを用いて健常人と遺伝子発現の違いを確認したところ、健常人よりも、B 細胞の抗体産生誘導に関わる IL-21 と CXCL13 の発現が著しく高いことが分かりました。実際に、試験管内の実験においても、ThA 細胞は強い抗体産生誘導能を認めました。


図 5:B 細胞の抗体産生を強く誘導する ThA 細胞

左図:ThA 細胞と B 細胞を試験管内で一緒に培養した結果(関節リウマチ症例)。これまで、

   最も強い抗体産生を導くことが知られている濾胞性 CD4 陽性 T(Tfh)細胞と同程度ま

   で、ThA 細胞は B 細胞の抗体産生(IgG:イムノグロブリン G)を促進した。

中図:左図と同じ実験系(関節リウマチ症例)において、試験管内で IL-21 もしくは CD84

   を阻害したところ、B 細胞の抗体産生も抑制された。

右図:左図と同じ実験系(健常人)において、健常人でも ThA 細胞が CXCL13 タンパクを産

   生し(一番右のグラフのグレー表示のデータ)、またインターフェロンαを加えると更

   に増強された(一番右のグラフの黒表示のデータ)。



ThA 細胞による B 細胞の抗体産生を誘導する作用は、これまで、最も強い抗体産生を導くことが知られている濾胞性 CD4 陽性 T(Tfh)細胞と同程度でした。Tfh 細胞は細胞表面に CXCR5というタンパクを発現していますが、ThA 細胞はこれを発現せず、異なる細胞となります。Tfh細胞はリンパ濾胞において B 細胞の抗体を産生することが知られていますが、近年、リンパ濾胞外において B 細胞の抗体産生を導く CD4 陽性 T 細胞が自己免疫疾患において病態を制御することが注目されています。この様な T 細胞として、細胞表面に PD-1 という分子を発現する Tph(PD-1 陽性 CXCR5 陰性 CD4 陽性 末梢ヘルパー T)細胞が最も良く知られており(Nature. 542,2017)、世界的に盛んな研究がなされています。Tfh 細胞は CXCR5 という分子を発現し、リンパ濾胞内に遊走しますが、Tph 細胞は CXCR5 を発現しないため、リンパ濾胞内に積極的に入り込むことができません。一方で、Tph 細胞は CXCL13 というタンパクを発現することで、B 細胞を引き寄せ、リンパ濾胞外でも B 細胞の抗体産生を誘導できると考えられています。

しかしながら、Tph 細胞のマーカーである PD-1 は、T 細胞が活性化しただけでも発現してしまうことから、CXCR5 を発現しない B 細胞抗体産生誘導能を持つ CD4 陽性 T 細胞の特異的細胞表面マーカーの同定が強く望まれてきました。

CD4 陽性 T 細胞は、特異的なマーカーとなる細胞表面タンパクと、その細胞の機能を制御する転写因子(マスター制御遺伝子)の 2 つが揃うことで、独立したサブセットと認められます。これまで、Th1、Th2、Th17、制御性 T 細胞などが、このような方法で定義され、多くの疾患の病態解明に寄与してきました。

一方で、Tph 細胞は、PD-1 が唯一のマーカーであるものの、上述のように Tph 細胞だけに発現するものではなく、マスター制御遺伝子も同定されていないことが課題となっています。


今回の研究で同定した ThA 細胞は、CXCR3 が中程度の発現という他の CD4 陽性 T 細胞サブセットと重複しない特異的なマーカーを有しています。そこで、ThA 細胞と Tph 細胞について、他の CD4 陽性 T 細胞サブセットとの重複につき確認をしたところ、ThA 細胞は Tph 細胞を除く他の CD4 陽性サブセットとの重複は無く(図 6 左図)、一方で Tph 細胞は多くの既知の CD4 陽性 T 細胞サブセットと重複を認めました(図 6 中図)。また、Tph 細胞は加齢により増加することはなく(図 6 右図)、ThA 細胞における Tph 細胞との重複率は約 10%のみであることから、ThAは独立した細胞サブセットと考えられました。


図 6:ThA 細胞と Tph 細胞の異同

左図:フローサイトメトリーを用いて、ThA 細胞と他の CD4 陽性 T 細胞との重複率を検討

   した結果(健常人 22例、SLE 11 例、関節リウマチ 16 例)。ThA 細胞は Tph 細胞と

の重複は約 10%のみであった。

中図:左図と同じ評価方法にて、Tph 細胞と他の CD4 陽性 T 細胞との重複率を検討した結

果。Tph 細胞は、これまでに独立したサブセットとして定義されてきた様々な T 細胞

サブセットと重複を認めた。

右図:左図と同じデータを用いて、Tph 細胞と年齢の相関を評価した結果。ThA 細胞と異な

り、Tph 細胞は加齢による増加は認めなかった。

 


さらに本研究では、ThA 細胞が ZEB2 および TBX21 という 2 つの転写因子を強く発現していることを同定し、ThA の機能発現においては特に ZEB2 遺伝子がマスター制御遺伝子として機能することまで同定しました。また、ThA 細胞は T 細胞受容体の多様性が、他の T 細胞と比べ著しく低いことから、ThA 細胞が生体内の抗原特異的に増殖していることが示唆されました。


最後に、SLE 症例の臨床情報と、ThA 細胞を含む 9 つの T 細胞サブセットの RNA シークエンスデータとの統合解析を行いました。その結果、他の T 細胞の遺伝子変動と比べて、SLE の疾患活動性の影響を最も強く受けるのは ThA 細胞であることが分かりました(図 7 左図)。また、ThA 細胞における発現変動遺伝子のほとんどが疾患活動性に関わるという知見を得ました。この傾向は、他の細胞サブセットと比較しても顕著なものでした(図 7 右図)。


図 7:SLE における RNA シークエンスデータと臨床情報の統合解析

左図:RNA シークエンスデータから得られた主成分分析と分散成分解析の結果を組み合わ

せ、臨床情報の分散が、各 CD4 陽性 T 細胞サブセット遺伝子発現変動に対して与え

る貢献度を推定した結果( Variancepartitioning 解析)。各 T 細胞サブセットの遺伝子

発現変動に対して、性別、年齢、免疫抑制剤、プレドニゾロン使用量、SLE の疾患活

動性が、どの程度説明するかを数学的に“因子寄与”として示した。その結果、ThA

細胞において疾患活動性の寄与度が最も高いという結果が得られた。

右図:疾患の発症に関与すると考えられる『疾患状態シグネチャー遺伝子』(青色)として、

健常人 対 非活動性 SLE患者の発現変動遺伝子を定義し、疾患の増悪に関わる遺伝子群

である『疾患活動性シグネチャー遺伝子』(赤色)として、非活動性 SLE 患者 対 高疾

患活動性 SLE 患者の発現変動遺伝子を定義した。その結果、ThA細胞における発現変

動遺伝子のほとんどが『疾患活動性シグネチャー遺伝子』(赤色)により占められてお

り、他の T 細胞とは大きな違いを認めた。




今後の展望


 今回の研究では、抗体産生促進能と細胞傷害活性を併せ持ち、加齢と自己免疫疾患で増加する新しい ThA 細胞を同定しました。ThA 細胞の遺伝子変動は、SLE の疾患活動性を非常に強く反映しており、ThA 細胞が自己免疫疾患の新たな治療ターゲットになる可能性が示唆されました。

細胞を傷害する T 細胞については、様々な自己免疫疾患で増加することが知られている一方、110 歳を超える超高齢者においても著しく増加していることも報告されています。

つまり、自己免疫疾患発症と、高齢者における免疫機能の維持の両方に、細胞傷害性 T 細胞が関係していると考えられます。ThA 細胞の細胞を傷害する機能が、どのように関わっているかの解明は今後の課題です。

加齢で増加する ThA 細胞が自己免疫疾患において中心的役割を果たしていることから、ThA細胞の更なる研究は、自己免疫応答と健康長寿の違いを知ることができる可能性を内包しており、今後の治療応用への展開が期待されます。




用語解説


(注1) T 細胞

T 細胞はリンパ球の一種で、ヘルパーT 細胞(Th 細胞)、制御性 T 細胞、細胞傷害性 T 細胞などその機能による分類がなされています。CD4 陽性 T 細胞は、Th1 細胞、Th2 細胞、Th17 細胞、Tfh 細胞などのヘルパーT 細胞、抑制能を持った制御性 T 細胞などに分類されます。CD8 陽性 T細胞は、キラーT 細胞として知られ、細胞傷害能を有することがその特徴です。ThA 細胞は CD4陽性のペルパーT 細胞として B 細胞の抗体産生を誘導するという機能だけでなく、CD4 陽性 T 細胞でありながらキラーT 細胞としての細胞傷害能も併せ持つという特徴を有しています。


(注2) B 細胞

B 細胞はリンパ球の一種で、抗体を産生します。抗体は特定の抗原に結合し、病原性のある異物などを生体内から除去する作用を有しています。CD4 陽性ヘルパーT 細胞の 1 つである Tfh 細胞は主にリンパ濾胞内における、ThA 細胞は主にリンパ濾胞外における B 細胞の抗体産生を誘導すると考えられます。自己免疫疾患では、しばしば自己の成分を認識する自己抗体が検出され、その病態形成に関与するもの、疾患活動性を反映するもの、診断に有用なものなどが知られています。


(注3) フローサイトメトリー

通常、細胞懸濁させた液体を複数の蛍光標識された抗体で標識後、細胞が一列に流れている状態にし、レーザー光を照射して得られる光の強さを電気信号に置換して定量化することで、細胞一つ一つの詳細な情報を得ることができる機械です。目的とする細胞を分取する機能を有する機種もあります。


(注4) RNA シークエンス

次世代シーケンサーという機械を用いてメッセンジャーRNA(mRNA)などの配列情報を読み取る解析手法です。ここで得られた配列情報から RNA の発現量を数値化することで、遺伝子発現などを網羅的に調べる解析手法です。

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