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「末梢血白血球ミトコンドリア呼吸鎖超複合体形成は 疾患の進行と相関する」-No.360




神経変性疾患患者の末梢血白血球ミトコンドリア呼吸鎖超複合体形成は

疾患の進行と相関することを発見




 東邦大学理学部生物学科の松本紋子准教授の研究グループと東邦大学医療センター佐倉病院脳神経内科の榊原隆次教授(研究当時)は、神経変性疾患であるアルツハイマー病、パーキンソン病、レビー小体型認知症患者の末梢血白血球において、エネルギー産生酵素であるミトコンドリア呼吸鎖超複合体形成が疾患の進行と相関することを発見しました。




発表のポイント


1.検出感度の低かった従来のミトコンドリア呼吸鎖複合体I(注1)活性検出法を改良して、白血

 球の呼吸鎖超複合体形成の解析を可能にし、神経変性疾患患者の末梢血白血球161検体

 を解析したところ、ミトコンドリア呼吸鎖超複合体形成が疾患の進行と相関することを発

 見しました。


2.本研究により、認知機能や運動機能障害を起こす神経変性疾患の発症メカニズム解明や早

 期診断に役立つバイオマーカーの開発が加速することが期待されます。




発表概要


 神経変性疾患は、中枢神経におけるミトコンドリア機能異常が発症原因のひとつと考えられている一方で、その動態の追跡が困難でした。東邦大学理学部生物学科の松本紋子准教授の研究グループと同医療センター佐倉病院脳神経内科の榊原隆次教授(研究当時)は、侵襲性の低い末梢血白血球のミトコンドリアに着目して呼吸鎖超複合体形成を解析したところ、その変化が疾患の進行と相関していることを発見しました。


呼吸鎖超複合体形成の解析は、タンパク質の立体構造を維持した状態で分離可能なhigh resolution Clear Native-Polyacrylamide Gel Electrophoresis (hrCN-PAGE) と、研究グループが改良した呼吸鎖複合体Iを標的としたゲル内活性検出法により行われました。


 神経変性疾患による運動機能や認知機能の障害は、病変部の神経細胞脱落が進行してから現れるため(病理・ドパミン画像(注2)での検討では黒質ドパミン神経細胞脱落が30%以下)、早期診断法の開発が求められています。


 本研究により、末梢血白血球のミトコンドリアの機能が病態とともに変化することが発見されたため、中枢における神経細胞脱落の兆候を捉える指標(バイオマーカー)の開発においても研究が加速することが期待されます。




背景


 細胞は、内部での様々な化学反応を触媒する酵素のエネルギー源として、ATP(アデノシン三リン酸)を利用しています。このATP産生を行う主な細胞内小器官がミトコンドリアであり、ATP産生に直接関わる酵素が呼吸鎖複合体です(図1)。


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図1.呼吸鎖複合体の細胞内局在



 呼吸鎖複合体は5種類あり、それぞれ複数種類のタンパク質から構成され、呼吸鎖複合体I~IVは電子伝達系、呼吸鎖複合体VはATP合成酵素と呼ばれています。近年、この呼吸鎖複合体の立体構造を維持したまま分離する電気泳動法としてBlue Native-PAGE(BN-PAGE) が開発され、各呼吸鎖複合体がさらに会合した呼吸鎖超複合体が発見されました。呼吸鎖超複合体形成は、ATP産生過程において偶発的に生じる活性酸素種の発生を抑え、呼吸鎖複合体間の電子伝達効率を上昇させるなどの利点があります。呼吸鎖超複合体を形成する各呼吸鎖複合体の数は、細胞の状態により可変して恒常性を維持することから、呼吸鎖超複合体形成の解析により、ミトコンドリアの状態を捉えることが可能だと考えられています。


 神経変性疾患においては、その症状が現れる以前から病変部の神経細胞脱落は始まっていると考えられています(病理・ドパミン画像での検討では症状が現れる5年以上前)。また、神経変性疾患は中枢だけでなく末梢でも疾患関連タンパク質の蓄積や呼吸鎖複合体の活性低下などが報告されています。一方で、神経変性疾患患者の末梢血におけるミトコンドリア呼吸鎖超複合体形成が疾患の進行に伴い変化するのかは明らかになっていませんでした(図2)。


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図2.研究目的の概要














研究内容・結果・考察


 呼吸鎖超複合体の検出手法を改良し、検出感度を約3倍向上させました。末梢血の解析は侵襲性が低い利点がある一方、白血球のATP産生が主に解糖系であるため、ミトコンドリア量が他の組織の細胞より少なく、呼吸鎖超複合体形成の解析が困難だったからです。

呼吸鎖超複合体解析に用いられる呼吸鎖複合体Iを標的としたゲル内活性検出法で、呈色試薬のnitro blue tetrazolium (NBT) が水不溶性に変化することに着目し、反応液に界面活性剤を添加して呼吸鎖複合体Iの活性中心付近における水不溶性NBTの蓄積を緩和し、呈色の促進を達成しました。

この改良型の呼吸鎖複合体Iを標的としたゲル内活性検出法とBN-PAGEの改良型電気泳動法であるhigh resolution Clear Native-PAGE (hrCN-PAGE) を用い、神経変性疾患患者の末梢血白血球ミトコンドリアの呼吸鎖超複合体形成を解析した結果、アルツハイマー病患者とパーキンソン病患者では、健常者と比べて構成要素の多い「大きな」呼吸鎖超複合体割合が多く、レビー小体型認知症患者では少ないことがわかりました。採血時の疾患の進行度と各呼吸鎖超複合体の割合を比較するため、運動機能障害の分類であるHoehn & Yahr scale(注3)を疾患の進行度とすると、パーキンソン病とレビー小体型認知症において、疾患の進行に伴い「大きな」呼吸鎖超複合体割合が低下しました(図3)。


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図3.ミトコンドリア呼吸鎖複合体解析と超複合体の大きさの変化



 これらの結果から、神経変性疾患の症状が現れる以前は、異常な疾患関連タンパク質による呼吸鎖複合体への障害により発生する活性酸素種と、呼吸鎖複合体活性の低下に対し、呼吸鎖超複合体形成を促進するという恒常性の維持機構が働いているのではないかと考えました。また、その許容限界を超えて呼吸鎖超複合体の形成能が低下すると、細胞死が誘導されるようになり、病態の進行に伴って呼吸鎖超複合体の形成能がより一層低下していくという恒常性の破綻機構に状態が移行し、その長年の蓄積により神経変性疾患の症状が現れるのではないかと考えました。




意義・展望


 神経変性疾患は認知機能や運動機能障害が出現する以前から、末梢でも変化が見られていることが報告されています。本研究では、パーキンソン病、アルツハイマー病、レビー小体型認知症患者の末梢血白血球におけるミトコンドリア呼吸鎖超複合体の割合の低下が疾患の進行度と相関することを発見しました。


 本研究により血液検査で神経変性疾患を早期に診断できるようなバイオマーカーの開発が加速することが期待されます。




用語解説


(注1)ミトコンドリア呼吸鎖複合体I

ミトコンドリア呼吸鎖複合体はミトコンドリア内膜のクリステに局在しています(図1)。

複合体Iは、約50個のタンパク質からなる大きな複合体で、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドという補酵素から電子を受け取り、ユビキノンを還元しつつプロトンをクリステ内腔へ輸送します。

(詳しくは、東邦大学理学部生物学科サイト「生物学の新知識」を参照ください

呼吸鎖複合体Iを標的としたゲル内活性検出法では、補酵素の酸化とNBTの還元を基に呼吸鎖複合体Iを検出します。


(注2)病理・ドパミン画像

ドパミン神経の変性・脱落の程度を評価するためには、微量の医療用の放射性物質を注射し、SPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影)により脳内のDAT(ドパミントランスポーター)というドパミンの働きに関連するタンパク質を画像化する検査方法のDATスキャンで行われます。


(注3)Hoehn & Yahr scale

レビー小体型認知症は、パーキンソン病に特有の症状であるパーキンソニズムが現れるのが特徴です。

パーキンソニズムの程度はHoehn & Yahr scaleで重症度分類されます。具体的には、0度:パーキンソニズムなし、1度:一側性パーキンソニズム、2度:両側性パーキンソニズム、3度:軽〜中等度パーキンソニズム、姿勢反射障害あり、日常生活に介助不要、4度:高度障害を示すが歩行は介助なしにどうにか可能、5度:介助なしにはベッドまたは車椅子生活、のように重症度分類されます。

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