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「パーキンソン病病因タンパク質 LRRK2 の活性化をもたらす機構を解明」-No.291





パーキンソン病病因タンパク質 LRRK2 の活性化をもたらす機構を解明




発表のポイント


1.パーキンソン病において異常な活性化が示唆される病因タンパク質「LRRK2」の活性化

 をもたらす分子メカニズムを明らかにしました。


2.LRRK2 の活性化は、オートファジーに類似した「ATG8 一重膜結合機構」を介して、

 細胞小器官であるリソソーム上に LRRK2 が局在化することにより生じることを発見し

 ました。


3.本研究成果は、パーキンソン病における LRRK2 異常活性化を適切に制御することで、

 新たな根本的治療法の開発につながることが期待されます。


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LRRK2 活性化のメカニズム




概要


 東京大学大学院医学系研究科・神経病理学分野の桑原知樹講師、江口智也大学院生(研究当時、現:分子生物学分野助教)、櫻井まりあ特任研究員、岩坪威教授らのグループは、パーキンソン病(PD)の病因タンパク質 LRRK2(注1)が細胞小器官であるリソソーム(注2)へのストレスに応答して活性化する分子機構を明らかにしました。


LRRK2 は家族性および孤発性 PD にかかわるタンパク質リン酸化酵素であり、その異常な活性化が PD の背景にあることが示唆されていますが、活性化の分子メカニズムや意義については多くが不明でした。

研究グループは、リソソームにストレスを負荷すると LRRK2 が活性化するという発見をきっかけとして、リソソーム制御機構との関連を検討した結果、細胞内自己分解経路であるオートファジーに類似した「ATG8 一重膜結合機構」(注3)が LRRK2 を制御することを見出しました。この機構は LRRK2をリソソーム膜上に局在化させることで活性化し、結果としてリソソームの形態調節や内容物放出に至ることが分かりました。


これらの結果は、LRRK2 の異常活性化機構の理解につながるとともに、そのメカニズムへの介在が PD の治療戦略になる可能性を示すものです。



 

発表内容


 パーキンソン病(PD)は老年期に発症する代表的な神経難病であり、65 歳以上のおよそ 100人に1人がふるえや動作緩慢、筋強剛などの運動症状を呈する疾患です。


 脳内のドパミンを補充するなどの対処療法は普及しているものの、神経細胞の変性や死そのものを抑える根本的治療法は未だ存在しません。PD の一部には遺伝性に発症する症例が存在し、その原因遺伝子として、2004 年に LRRK2 (leucine-rich repeat kinase 2)が同定されました。LRRK2 はタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)であり、細胞内で Rab(注4)と呼ばれるタンパク質ファミリーの一群(Rab10, Rab8 など)をリン酸化します。顕性遺伝性 PD の原因となる LRRK2 遺伝子の変異はLRRK2 の酵素活性(Rab リン酸化活性)を顕著に上昇させることが知られています。さらに、LRRK2 遺伝子の多型は PD の大多数を占める孤発性 PD の発症リスクにも関わること、孤発性 PDの少なくとも一部において LRRK2 の酵素活性が上昇していることも示されています。従って、LRRK2 は PD に関わる最重要分子の1つであると言えます。一方、生体において LRRK2 の酵素活性を完全に阻害すると、細胞小器官であるリソソームの顕著な肥大化が生じることも知られており、LRRK2 は生理的にリソソームのメンテナンスに重要な機能を有していることが示唆されています。従って、PD の治療戦略を考えるうえでは LRRK2 酵素活性の適切な制御が鍵になると考えられます。


研究グループはこれまでに、リソソームに蓄積して過積載ストレスを与える性質を有するクロロキン(注5)などの化合物を細胞に投与すると、LRRK2 が活性化することを見出していました。今回、クロロキン投与時における LRRK2 の細胞内局在を詳細に観察した結果、肥大化したリソソームの一重膜上で LRRK2 が LC3(注6)と呼ばれるタンパク質と共局在していることを見出しました(図1)。


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図1

リソソーム一重膜上に集積する LRRK2 と LC3GFP-LC3(緑色蛍光)と mCherry-LRRK2(赤色蛍光)を発現させた HEK293 細胞にクロロキンを投与し、LC3 LRRK2 の細胞内局在を光-電子相関顕微鏡法(CLEM)により観察した。

矢印は LRRK2/LC3 両陽性の一重膜構造を示す。対比としてオートファゴソーム膜(黒矢先、二重膜)、核膜(白矢先、二重膜)を示した。



 LC3 は ATG8(注6)と総称されるタンパク質群の1つであり、ATG8 は細胞内自己分解経路であるオートファジーのマーカー分子としてよく知られています。通常、ATG8 はオートファジーの際に形成される脂質二重膜からなる隔離膜(オートファゴソーム)に局在しますが、LRRK2 との共局在時には一重膜上に存在していたことから、近年報告された「ATG8 一重膜結合機構」が働いている可能性が考えられました。ATG8 一重膜結合機構は、オートファジーの開始に必須の因子群では誘導されず、むしろ、リソソームの pH 上昇を感知して作動し、リソソーム膜タンパク質 V-ATPase と、その相互作用相手である ATG16L1 の WD40 ドメインと呼ばれる構造を必要とします。細胞生物学的・生化学的・遺伝学的解析から、LRRK2 のリソソーム局在化とそれに伴う活性化は ATG8 一重膜結合機構によって介在されることが示されました(図2)。さらにこのメカニズムは、ストレスを受けたリソソームの肥大化を抑制し、リソソーム内容物を細胞外に放出させる役割を果たすことが分かりました(図2)。


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図2: LRRK2 活性化をもたらす分子メカニズムとその役割

リソソームへのストレスにより、pH 上昇を検知して作動したリソソーム膜タンパク質 V-ATPase とその相互作用相手 ATG16L1 の WD40 ドメインを介した「ATG8 一重膜結合機構」が ATG8 と LRRK2 をリソソーム膜上にリクルートする。LRRK2 はリソソーム膜上で活性化して Rab10 をリン酸化し、リソソームの形態維持とリソソーム内容物の細胞外分泌がもたらされる。



 以上の結果から、LRRK2 の活性化とその結果生じるリソソームストレス応答をもたらす分子メカニズムが明らかとなりました。PD や類縁の神経変性疾患においてはこれまでもリソソームの機能的異常が多く指摘されており、また、LRRK2 以外にも複数のリソソーム関連遺伝子が PDの発症リスクに関わることが示されています。

本研究で見出したメカニズムも PD におけるLRRK2 の異常活性化に関わることが想定され、本メカニズムへの介在が LRRK2 活性の適切な制御につながることが期待されます。




用語解説


(注1) LRRK2


Leucine-rich repeat kinase 2 の略。ラーク・トゥーと発音される。常染色体顕性遺伝性 PDにおいて最も高頻度に変異を認める遺伝子であり、2004 年に欧州の研究グループにより同定された。臨床および病理学的特徴は、成人発症の孤発例 PD に類似している。LRRK2 タンパク質は複数の機能ドメインを有する巨大なタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)であり、主に Rab タンパク質をリン酸化する。LRRK2 キナーゼ活性阻害剤 BIIB122/DNL151 は米国 Biogen 社と Denali社により、早期 PD 患者を対象とした第 IIb 相治験および LRRK2 変異保有 PD 患者を対象とした第 III 相治験が進められている。


(注2) リソソーム


真核生物の細胞小器官の1つであり、内部の pH が 5 前後の酸性に保たれた一重膜からなる構造体である。種々の加水分解酵素を含んでおり、主に細胞内外成分の分解・再利用装置として機能するほか、細胞膜修復や免疫応答などにも重要な役割を果たす。


(注3) ATG8 一重膜結合機構


英文表記で CASM (conjugation of ATG8 to endolysosomal single membranes)と呼称されており、ATG8 タンパク質がエンドリソソームの一重膜に局在化する現象およびその機構を指す。ATG8 はオートファジーの誘導時に形成される脂質二重膜からなる隔離膜に局在化することがよく知られており、その現象と区別するために CASM という呼称が近年定着した。以前は noncanonical autophagy(非典型的オートファジー)とも呼ばれていたが、細胞内分解を伴わないためオートファジーとは異なる。メカニズムとして、リソソーム膜上のプロトンポンプ VATPase とその相互作用因子 ATG16L1 の WD40 ドメインを介した「V-ATPase-ATG16L1 軸」が関わることが示されている。


(注4) Rab


低分子量 G タンパク質(グアニンヌクレオチド結合タンパク質)であり、ヒトやマウスでは60 種類以上のアイソフォーム(類似のタンパク質)からなる主要なファミリー分子群を指す。主に細胞内小胞輸送を司り、その機能は主に GTP(グアノシン三リン酸)に結合した活性型とGDP(グアノシン二リン酸)に結合した不活性型の間をサイクルすることにより制御される。2016 年に入り、一部の Rab が細胞内で LRRK2 によってリン酸化されること、それにより Rab のGTP-GDP 結合サイクルが追加的に制御されることが報告された。


(注5) クロロキン


塩基性かつ両親媒性の低分子化合物であり、その弱塩基としての性質からリソソームに移行後プロトンを受け取ってリソソーム内に蓄積し、リソソームの肥大化・pH 上昇・過積載をもたらす。研究では一般にリソソーム阻害剤として用いられる。臨床では主に抗マラリア剤として用いられるが、網膜障害などの副作用も知られている。


(注6) LC3/ATG8


LC3 は酵母の Atg8 タンパク質の哺乳動物におけるオルソログ(相当分子)であり、ヒトではLC3 を含め6つの類似タンパク質がオルソログであるが、それらはまとめて ATG8 とも呼称される。オートファジーのマーカー分子として広く認知されており、脂質修飾を受けて隔離膜(オートファゴソーム、二重膜)に局在化する。近年、クロロキン投与時などのリソソームストレス下ではエンドリソソームの一重膜にも局在化することが知られるようになった。

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