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「てんかん様神経発振を引き起こすグリア細胞の作用」-No.341




脳内グリアのハイパードライブ

てんかん様神経発振を引き起こすグリア細胞の作用を発見




発表のポイント


1.てんかん(注1)は有病率 1%の極めて一般的な脳の病気ですが、何がきっかけとなって、

 脳内の神経細胞が過剰に興奮して発作が起きるのかは不明でした。


2.脳には、神経細胞とは別種のグリア細胞(注2)があり、中でもアストロサイト(注3)には神経

 細胞の活動をさまざまに調整する役割があることが知られています。


3.マウスの脳のアストロサイトの活動を光計測したところ、てんかん様神経発振に先立って

 アストロサイト活動が生じることが示されました。


4.アストロサイトからの作用がきっかけとなって、てんかん発作が生じることが示されたた

 め、てんかんに対する新たな治療戦略が示唆されました。




概要


 発作を抑える抗てんかん薬(注4)の開発は進んでいるものの、全ての患者で発作がコントロールできるわけではありません。また、そもそも、てんかんの発作は、どういったきっかけで起きるのか、未だにそのメカニズムの多くは謎に包まれています。


 東北大学大学院医学系研究科の荒木峻大学院生(研究当時)、大学院生命科学研究科の松井 広こ う教授らのグループは、実験動物のマウスを用いて、脳の中の海馬に光ファイバーを埋め込み、グリア細胞の中でもアストロサイトの活動を光計測(注5)しました。脳内に金属の銅を人工的に埋め込むと炎症反応(注6)が生じ、てんかん様の神経発振現象が、1日に数回、散発的に生じるようになることが知られています。そこで、銅留置による神経過活動を調べたところ、神経発振に 20 秒程度も先立ち、アストロサイトの活動が始まることが示されました。さらに、アストロサイトの活動を電気的に刺激する方法や、アストロサイトの代謝機能を薬で阻害する方法などを組み合わせることで、アストロサイトが脳神経活動を強力に誘導(ハイパードライブ)することを明らかにしました。アストロサイトの活動制御がてんかんの新たな治療戦略となることが期待されます。




研究の背景


 脳内で過剰な神経活動が起こると、けいれん発作が生じることがあり、このような発作が繰り返し生じる慢性の神経疾患を「てんかん」と呼びます。日本人の 1%はてんかんの有病者で、そのうちの 65%の患者は薬で発作を抑えることが可能です。しかし根本的な治癒は、外科的に脳の責任部位を切除する方法だけであり、多くの患者は発作を抑えるために一生、抗てんかん薬を飲み続ける必要があります。生涯有病率 1%というのは極めて高い数字で、例えば、日本の小学校の 3 クラスに 1 名は、潜在的にてんかん患者がいても不思議ではありません。このように世界中に多くのてんかん患者がいて、てんかんの基礎・臨床研究も進んでいるにもかかわらず、てんかんの発作は、どういったきっかけで起きて、どのような機序を通してより発展していくのか、明らかにされていないメカニズムは多く残されています。


 現代の脳科学の研究手法は驚くほど発達しているものの、てんかんのメカニズムがなかなか明らかにならない大きな理由は、てんかんの適切な動物モデルを作るのが困難だからです。神経を刺激する薬を脳内に投与したり、神経を直接電気刺激したりする方法で、実験動物のマウスに、てんかん様のけいれん発作を引き起こすことは可能です。しかし、ヒトのてんかん患者では、多くの場合、明確なきっかけがなく、突然、けいれん発作が始まります。これまで、けいれん発作が慢性的に繰り返されるてんかんの動物モデルを作ることは困難でした。また、たとえ、そのような動物モデルができたとしても、自発的な自然な発作が起きるのは、せいぜい、1 日に数回程度であるため、発作の瞬間を捉えるためには、1 日 24 時間、マウスを自由に行動させた状態で連続的に記録を取る仕組みを作り出すことが必要でした。さらに、脳神経細胞の活動は電極を使えば記録できますが、電気的な活動をともなわないグリア細胞の活動を記録するには、人工的にグリア細胞に蛍光センサータンパク質(注7)を遺伝子発現させて、蛍光の変化を観測することが必要でした。




今回の取り組み


 東北大学 大学院医学系研究科/大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野の荒木峻(あらき しゅん)大学院生(研究当時)、大西一ノ介(おおにし いちのすけ)学部学生、生駒葉子(いこま ようこ)助教、松井広(まつい こう)教授らのグループは、海馬への銅留置によって、てんかん様の神経過活動がおきるマウスのモデルを作り出し、グリア細胞のうちのアストロサイトに蛍光センサータンパク質を遺伝子発現するマウスを用いて、自由行動下で 1 日 24 時間、1 週間程度に渡って連続的に記録をする実験を行いました。


 脳に金属の銅を埋め込むと、その周辺に炎症反応が起こり、その炎症部分から神経細胞の過活動が広がることが知られています。そこで、マウスの海馬に銅を留置したところ、1 日に数回程度の頻度で、てんかん様の神経発振が観察されるようになりました。ただ、神経発振が観察されるのは、海馬に留置した電極からだけであり、脳全体に神経発振が伝播するまでには至らず、マウスの行動としてもけいれん発作は見られませんでした。このような銅留置後の急性期の反応は、急性症候性発作(注8)と呼ばれるものであり、半年以上経過した後に観察される慢性疾患としてのてんかんとは区別されるものです。ここでは、てんかん発症のごく初期段階として生じる急性期の反応に的を絞って解析することにしました。


実験には、細胞の中のカルシウムイオン濃度に応じて、蛍光が変化するセンサータンパク質を、アストロサイトに遺伝子発現させたマウスを用いました。このマウスに銅を留置する場所からわずかに離れた位置に、光ファイバーと神経活動記録用の電極を埋め込みました。光ファイバーを介して脳内に励起光を送り込むと、蛍光センサータンパク質から発生する蛍光が、同じ光ファイバーを介して戻ってきます。蛍光をいくつかの波長に分けて記録することで、アストロサイト細胞内のカルシウム濃度の変化を調べました。アストロサイトでは、電気的な活動はほとんど起きません。その代わり、細胞内のカルシウム濃度の変化を信号として、アストロサイトのさまざまな機能は制御されます。カルシウム濃度変化が引き金となって、アストロサイトから伝達物質が放出されたり、細胞外イオン濃度が調節されたりします。このような脳内局所の化学環境の変化が神経細胞の機能に影響を与えると考えられます。

この実験では、銅留置の翌日には、時折、これまでにない大きなカルシウム濃度上昇イベントが、アストロサイトで観察されるようになりました。なお、このような初期のカルシウム・イベントが起きても、海馬電極で記録される神経活動には全く変化は起きませんでした。ところが、2 日目以降になると、アストロサイトでのカルシウム・イベントとともに、海馬でてんかん様の神経発振現象が見られるようになりました。詳しく解析したところ、アストロサイトのカルシウム上昇のほうが、神経発振現象よりも、20 秒程度、早くに始まることが明らかになりました。したがって、アストロサイトの初期のカルシウム・イベントには、後に、てんかん様神経発振が起きるように、神経回路を可塑的に変化させる役割があることが示唆されました。このようにてんかんにともなう神経回路の可塑的な変化のことを、「てんかん原生の獲得」(注9)と呼びます。また、銅留置後2 日目以降に発生する個々のてんかん様神経発振イベントにおいては、必ず、アストロサイトのカルシウム・イベントが先行するので、アストロサイトからの作用が引き金となって、神経細胞に過活動が生じるようになることが示唆されました。

本当に、アストロサイトからの作用で、神経細胞の活動に影響が及ぶようなことがあるのでしょうか。これを調べるために、アストロサイトだけを特異的に活性化させる方法を用いることにしました。脳内にごく微弱な定電流を流すと、アストロサイトにカルシウム上昇を引き起こすことができることが知られています。海馬に留置したプラチナ製の電極に微弱定電流を流したところ、アストロサイトで大きなカルシウム・イベントが発生し、少しの遅延があって、てんかん様神経発振イベントが続くことが示されました。また、フルオロクエン酸(注10)は、アストロサイトに特異的に取り込まれて、アストロサイトの代謝機能を阻害する作用があることが知られています。そこで、フルオロクエン酸を投与したところ、微弱定電流によるアストロサイトのカルシウム・イベントは変わらずに生じましたが、てんかん様神経発振イベントは強く抑制されました。また、銅留置によって生じる自発的なてんかん様神経発振イベントについては、フルオロクエン酸を投与しても、イベントの発生頻度自体は変わらないものの、個々のイベントにおける神経発振の強度は、有意に低下することが示されました。したがって、アストロサイトの作用には、てんかん様神経発振の程度を左右する力もあることが示唆されました。




今後の展開


 本研究により、脳内アストロサイトには神経活動に影響を与える力があることが示されました。アストロサイトでのカルシウム・イベントは、脳神経回路に可塑的な変化を促して、てんかん原生の獲得に通じることが示されました。また、個々のてんかん様神経発振イベントには、必ず、アストロサイトのカルシウム・イベントが 20 秒程度先行することから、アストロサイトからの作用がてんかん発作の引き金となっている可能性が示唆されました。さらに、アストロサイトの代謝機能をフルオロクエン酸で抑制すると、てんかん様神経発振の程度が抑制されたので、アストロサイトからの作用には、神経発振の程度を左右する力もあることが分かりました。このように、アストロサイトはてんかん病態にとって鍵となる作用をもたらす存在であることから、アストロサイトの機能操作が、今後のてんかん治療のターゲットとなり得ることが期待されます。


 てんかんという極端な神経過興奮が引き起こされる病気に限らず、精神疾患も含め、さまざまな脳病態においてもアストロサイトが何らかの役割を果たすことが想像されます。また、アストロサイトからの作用次第で、健常時における脳情報処理の特性も左右される可能性があります。


今回、てんかん脳病態におけるアストロサイトからの強力な作用が示されたことで、今後、脳機能におけるアストロサイトの役割を探る研究がますます加速することが予想されます。



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図 1. 脳内グリアのハイパードライブ。脳内の海馬に銅を留置したところ、1 日に数度、自発的にてんかん様神経発振が見られるようになりました。海馬に光ファイバーを埋め込んで、海馬のグリア細胞のうち、アストロサイトの活動を光計測したところ、海馬でのてんかん様神経発振が始まるより、20秒程前から、アストロサイト細胞内のCa2+濃度が上昇を始めることが示されました。アストロサイトからのハイパードライブ(超興奮性の作用)がきっかけとなって、神経細胞の過活動が生じ、てんかん発作に至ることが示唆されました。



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図 2. てんかん様神経発振に先行するアストロサイト Ca2+上昇。(A) てんかん病態においては、神経細胞が過活動を引き起こし、神経回路が発振すると考えられています。ところが、これまで、何がきっかけとなっててんかん発作イベントが発生するのかが明らかではありませんでした。今回の研究を通して、アストロサイトから神経細胞に向かう興奮性の作用がてんかん様神経発振を引き起こすことが示唆されました。(B) 海馬に留置した光ファイバーを使って、海馬のアストロサイトの細胞内カルシウム(Ca2+)濃度の変化をファイバーフォトメトリー法で計測しました。また、同時に、光ファイバーに沿わせた電極で、近傍の神経活動を局所フィールド電位として記録しました。銅留置モデルによって自発的に発生するてんかん発作イベントを解析したところ、神経細胞でてんかん様神経発振が始まるより、20 秒程度先だって、アストロサイトの Ca2+濃度上昇が始まることが示されました。



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図 3. てんかん様神経発振はアストロサイトからの作用で引き起こされる。(A) 海馬内で局所的に微弱な直流電流を流すと、アストロサイトに Ca2+濃度上昇を引き起こすことができることが分かりました。このようにして、アストロサイトを特異的に刺激した場合でも、少しの遅延の後、てんかん様神経発振が引き起こされることが示されました。(B) 海馬への銅留置モデルでは、自発的にてんかん様神経発振が起きました。フルオロクエン酸は、アストロサイトに特異的に取り込まれて、アストロサイトの代謝機能を阻害することが知られています。脳内にフルオロクエン酸を投与しても、てんかん様神経発振イベント自体は生じましたが、発振の程度・強度は、有意に抑えられることが示されました。これらの実験により、アストロサイトからの作用がきっかけとなって、てんかん発作が生じ、アストロサイトによる興奮性信号の増幅作用により、より発展したてんかん発作が生じることが示唆されました。




用語説明


注 1. てんかん: 

てんかんとは、脳が一時的に過剰に興奮することによって、意識を失ったり、けいれんが生じたりする発作を引き起こす病気です。てんかん発作では、脳の神経細胞において、過剰な電気的興奮が生じます。脳波計で記録すると、多数の神経細胞が周期的に活動する様子が分かるため、このような神経活動を、神経発振と表現することがあります。てんかんの原因はさまざまであり、遺伝的要因、脳の損傷、脳の発達異常、感染症、脳腫瘍、脳血管障害、または外傷などが関連すると考えられています。てんかんには、一度または数回の発作のみを経験する人から、頻繁に発作が起こる人まで、さまざまな程度の重症度があります。また、てんかんによるけいれん発作が繰り返されると、次第にてんかんが増悪化する場合も多いことが知られています。


注 2. グリア細胞: 

脳実質を構成する神経細胞以外の細胞は、総称して、グリア細胞と呼ばれていて、脳内には神経細胞に匹敵する数のグリア細胞があります。グリア細胞は、大きく分けて、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに分類されています。脳内での情報処理は、膨大な数の神経細胞同士が織り成すネットワークを通して行われていると考えられています。一方、グリア細胞は、神経組織を構造的に支え、神経細胞に栄養因子を受け渡すためだけの細胞群であると長らく考えられてきました。しかし、近年、グリア細胞からの作用を通して、神経回路の動作は種々な影響を受けていることが報告されています。


注 3. アストロサイト: 

アストロサイトは、グリア細胞の中で一番多く存在し、脳内の血管と神経細胞間のシナプスの双方に突起を伸ばすことから、特に神経情報処理との関連が深いことが推測されています。このアストロサイトは、周囲の神経細胞の活動に反応し、何らかの伝達物質を放出したり、イオン濃度調節機能を発揮したりすることで、神経回路の動作に影響を与えます。しかし、アストロサイトは、単に、神経活動に対して受動的に反応するだけではなく、むしろ、アストロサイトからの能動的な働きかけが原因となって、神経細胞の働きが制御されている可能性が指摘されています。


注 4. 抗てんかん薬: 

抗てんかん薬は、脳の神経活動を調整し、異常な神経活動を抑制することによって作用します。抗てんかん薬には、作用機序の異なるさまざまな種類がありますが、一般的には、神経細胞の興奮性を抑制することで発作の発生を防ぎます。抗てんかん薬は長期間にわたって使用されることが多いですが、副作用や耐性の問題が発生することがあります。


注 5. 光計測: 

脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内の Ca2+に応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。なお、当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でも、局所血流量等の変動によって、蛍光信号は影響されてしまうことを示してきました。そこで、本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された手法を用いて、細胞内 Ca2+濃度の変動を抽出して解析しました。


注 6. 炎症反応: 

脳組織に金属が接触すると炎症反応が起こることがあり、神経細胞の損傷や神経機能の障害に進行することがあります。銅は、神経細胞の正常な機能に必要な微量元素の1つではありますが、過剰な銅の蓄積は、神経毒性につながります。一方、タングステンやプラチナ等の金属は生体適合性が高いため、脳波記録用の電極の素材として使われています。


注 7. 蛍光センサータンパク質:

オワンクラゲに発現する緑色蛍光タンパク質(GFP)等をベースにして作られた人工的なタンパク質。GFP の一部に、特定のイオンや生体分子に特異的に結合するアミノ酸配列を組み込むと、そのイオン・分子がその配列に結合すると、タンパク質の全体の立体構造が変化し、蛍光の光る効率が変化することがあります。この性質を利用して、蛍光センサータンパク質の近傍におけるイオン・分子の濃度変動を推測することができます。今回の研究では、青色蛍光タンパク質(CFP)と黄色蛍光タンパク質(YFP)とを、カルシウムイオン結合部位でつないだ YCnano50 という蛍光センサータンパク質を使いました。


注 8. 急性症候性発作: 

特定の病的状態や外部因子によって直接引き起こされる発作の一種です。反応性発作、誘発発作、てんかん性反応、状況関連発作などとも呼ばれますが、脳炎、外傷、脳血管障害、代謝障害などの急性の脳への侵襲に対する反応であり、慢性疾患としてのてんかんの症状であるてんかん発作とは区別されています。


注 9. てんかん原生の獲得: 

てんかん原生(もしくは原性)とは、正常な脳がてんかん発作を起こしやすい状態になることを指し、てんかんを発症することをてんかん原生が獲得されたと表現することもあります。


注 10. フルオロクエン酸: 

細胞の中のミトコンドリアにおいて、クエン酸回路(TCA 回路、クレブス回路とも呼ばれます)が働き、引き続いて、酸化的リン酸化の過程を経ると、細胞の活動に必要なエネルギー源である ATP が作られます。フルオロクエン酸は、脳細胞の中では、アストロサイトに比較的に選択的に取り込まれることが知られています。アストロサイトに取り込まれたフルオロクエン酸は、アストロサイト内のミトコンドリアに届き、生来のクエン酸と置き換わります。フルオロクエン酸では、クエン酸回路は働かないので、結果的に、アストロサイトの代謝機能が停止すると考えられています。

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